単なるワイナリー巡りとは一味違う「ワインツーリズム」
ワイナリーを直接訪れることの面白さ、贅沢さは前回書いたとおりだ。直接生産者から話を聞けること、沢山のワインを試飲して飲み比べできること…。ワインってのは、普通は呑もうと思ったら1本単位になる。一度買えば、720ml(あるいは750ml)を飲み干さないかぎり次のワインを開けられない。人間一人が呑める量には限りがあるし(肝臓にも限界はあるし)、千円~数千円を出すとなるとあまり冒険もできない。1本単位でだけワインを呑んでいたら「人生において、呑むことができるワインの種類」はごく限られたものになってしまうだろう。だが、ワイナリーで試飲するときは話は別だ。小さな容器で次から次へと試飲できる。普段は手を出さなかったようなジャンルのワインも試しに呑んでみることができる。そもそも根本的な話として、いくつもの性格が違うワインを同時に飲み比べてみない限り「自分はどんなワインが好きなのか」を自分自身で認識することは難しいんじゃないかと思う。
そんな面白さ、楽しさがあるワイナリー巡りだけれど、個人で訪れているのではどうしても限界がある。基本的にはどのワイナリーも見学者には非常に親切だ。といってもやっぱり通り一遍の説明で終わってしまうしあまり突っ込んだ話も聞けない。もちろん「詳しい話が聞けない」のは、こちらに知識が足りないせいもある。通り一遍の初心者向けの内容からさらに一歩進もうと思ったら、個人でワイナリーを巡るだけではなく、専門家によるガイドを受けながら「勉強」をする必要がある。たかがワインを楽しむのに勉強って…。そう、確かに「美味しい美味しいと言いながら呑む」だけなら勉強する必要なんかない。ソムリエさんが薦めてくれるワインを買って言われるままに楽しめばいい。けれど、それだけじゃなんか物足りなくなり、もっともっと知りたくなる、奥深いところまで覗いてみたくなる、ワインという飲み物には人をそうさせる何か魔力みたいなモノが備わっているのだ。
専門家によるガイド付きの、より深いところまで知りたいという人向けのワイナリー巡りを「ワインツーリズム」と呼ぶ。単なるワイナリー巡りでもワイナリーツアーでもなく、ブドウやブドウを作っている人達、作られている土地の自然や景観や歴史、そういったものを全身で感じながら学び体験する。参加費はそれなりに取られるし、試飲はできることはできるが飲み放題ってわけじゃない。クソ暑かったり寒かったり雨が降ってたりする中、急斜面にあるブドウ畑を何度も上り下りして(場合によっては)難しい話を聞く。普通だったら苦行でしかないかもしれない、そんな時間が、ワインの魔力に取り憑かれた人間にとってはたまらない充実した時間になる。普段呑んでいるワインが、いつもは目の前のワイングラスの中で揺れていて、口に入れると舌の上で転がり喉を通り鼻に香りを届けるそのワインが、どういったところでどういった想いで作られどういった歴史を持っているのかを、深い深いところまで知ることができる、とてつもなく濃密な時間となる。
写真:2010年9月に行われた「ワインツーリズムを体感する旅」の一幕。細い崖っぷちの道を通った先にある足場の悪い石だらけの土地、つまりワイン用ブドウの栽培地としては最高の場所にある畑を訪れて話を聞く。実っているのはちょうど収穫時期を迎えた甲州種だ。