三森農園の園主である三森公仁氏。シニアソムリエの資格を持つワインのプロである。甲州種でどんなワインが作れるのか、日本の食事に合うワインとはどういうものかを、ブドウ農家という立場から追求している。
勝沼で不定期に行われているイベント、「ワインツーリズムを体感する旅」。十数人程度の少人数で貸切バスに乗り込み、専門家による詳しいガイドを受けながら勝沼を巡って、「この土地でブドウを作るということ、ワインを作るということ」を学ぶという、ある意味でマニアックなツアーだ。
2010年の4月と9月の2回、このツアーに参加した。その両方とも、一番最初に訪れたのはワイナリーではなく、このブドウ農園である。道順的に都合がいいのか、自己紹介などにちょうど使える良いスペースがあるからなのか、そんな感じの事情があるのかもしれないが、なによりの理由といったら、このブドウ農園が「シニアソムリエの資格を持つ人が経営している農園」だということだろう。
ここの園主である三森氏は富士屋ホテルでレストランマネージャー兼シェフソムリエを勤めたワインのプロ。2005年にホテルを退社して生まれ故郷である勝沼に戻り、父の跡を継いでブドウ栽培を仕事にするようになった。農園ではワインは作っていないが、同年代の若手醸造家が後を継いで本格的なワイン作りに乗り出した「麻屋葡萄酒」という会社とコラボレートして、質の高い甲州ワインを作っている。
早速試飲させてくれるのがそのコラボレートによって作られたワイン。しっかりした酸味があるワインだ。「食事に合わせたときの本領を発揮します」とは三森さんの言葉。4月に試飲した時はまだ酸味も果実味も強すぎる感じがあったのだが、9月に同じ場所で同じものを試飲した時には全体がまとまった感じに変わってきていた。年末か来年の春くらいになったら最高の飲み頃になるんじゃないだろうか。
三森農園の、ワイン用の甲州種を作っている特別な畑。川沿いの崖っぷちにあり、足下には雑草が生え繁り岩がごろごろしている「痩せた土地」だ。実っているブドウも粒がばらけており、生食用には向かない。だがワインを作るのには最適だ。
食べて美味しいとされるブドウ、商業的な言い方をすると「生食用に適しているとされるブドウ」と、ワインにするのに適しているブドウとは異なる。食べて美味しいブドウはワインにしても美味しい、ってのは良く聞くフレーズだ。その言葉を間違いだとか嘘だとかは言わないが、「浅はかな言葉」であることは確かだ。甘いだけではなく適当な酸味があり、一つの房にギッシリと粒が密集しているのではなくある程度の隙間があるようなブドウ、そんなブドウを作るために三森農園では畑作りから始めているという。
ワイン用ブドウ専用に作られた畑に案内された。川沿いの細い崖っぷちの道を歩いた先にある決して広くない畑には甲州種のブドウが2本生えていて、棚いっぱいに枝を広げている。ブドウの房を見ると粒がバラけているのがわかる。これは生食用にはならないダメブドウとされていたが、ワイン用としては適している。ブドウといえば生食用しかない日本ではこういった品種はどこでも淘汰されて作られなくなってしまっているのだが、ブドウの名産地である勝沼、言い方を変えると「ブドウしか作るものがない勝沼」だからこそ現在まで生き残ることができたのだそうだ。
三森農園では醸造用としては甲州を中心として作っている。シャルドネやソービニヨンブランも作っているが、基本は甲州種だという。三森氏は、「同じ甲州でも、手間のかけ方でどう変わっていくのか見ていきたい」と語る。さて、今年(2010年)のブドウの出来はどうだったのかというと、これが「あまり良くない」のだという。今年の夏は暑かった。暑い夏は良いブドウを育てるというから良い年になるのかと思いきや、思い返してみると4月にいきなり雪が降ったし、空梅雨とか最初は言われてたくせに7月まで雨が続いた。
日本でブドウを育てようとするときに避けて通れない病害が「べと病」だ。ブドウの実や葉に菌が付いて腐ってしまう病気で、湿度が高かったりすると蔓延しやすいという。それを防ぐために「ボルドー液」と呼ばれる殺菌剤を予防的に散布したりするのだが、三森農園ではボルドー液を使わない「ノンボルドー」という栽培方法を採っている。その方が香り豊かなワインができるからだ。それが今回は響いたらしい。べと病にかかったブドウは、実りの時期が来ても小さくしぼんだような実しかつけず、生食用としてはもちろんワイン用としても使い物にならない。
去年(2009年)は誰もが認めるワインの当たり年だった。それもあって2009年ビンテージの三森-麻屋ワインは非常に良い出来となり各方面で高い評価を得た。だが今年のブドウはあまり出来が良くないためワインの出来もどうなるか不安があるという。最初に作った去年にいきなり良いものができてしまっただけに、今年は不安だとのことだ。