実銃射撃

オリンピックの早撃ち競技

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ほんと偶然なのだけれど、ラピッドファイアピストルに関係したツイートを2回連続してリツイートしたら、実はその2つのツイートに写ってるのは同じ人でした。知り合いの方からメールで教えていただいてびっくり。ツイートで書ききれる内容でもないし、ついでにラピッドファイアピストルについても語ってしまおうということでブログ記事にしてみます。

発端はこれ、1981年の日本映画「駅 station」のワンシーン、高倉健さんがワルサーGSPを射撃するシーンについての話題です。銃が大写しになり装填したり射撃したりするシーンに写っている銃は、実は高倉健さんが写っているシーンで手に持っている銃とは別物だという話題がリプで続いています。銃が大写しになってるシーンでの手は実際の射撃選手のものだとのことです。

そのあと、ふとしたことがきっかけで日本唯一の射撃金メダリスト、蒲池猛夫さんのことをツイートしました。

生前、TVのインタビュー(正月特番の「日本のすごい人」みたいな特集だったと記憶してます)で、「銃を構えると弾が当たる場所が標的上にオレンジの点になって見える」とか、まるでSFに登場する、視界にARで銃と連動した照準点が表示されるサイバネ手術を受けた人みたいなことをおっしゃってまして、それが印象に残っていたので、SF作品を書いていてその手の話題を求めていた人のツイートにRTする形でツイートしてみた次第です。

そうしたら、たまたまそれをみていた知り合いの方から、「駅stationの射撃シーンって、蒲池さんの手とピストルだって知ってました?」というメールが。え!? そうだったの? 全然知らなかった! ――とはいえ、考えてみれば日本でラピッドファイアピストルやってる人なんてほんの数人なわけで、狭い世界だし十分ありえることではあります。

言われてみれば銃のグリップに貼ってある銃検シールの大きさや配置も、どことなく似ているような……。

私は蒲池さんと直接お会いしたこともお話したこともありませんので、完全に人づてに聞いた話だけになりますが、人物像としては「指導者としては、あまり優れた人とはいえなかった」みたいな話を聞くこともあります。経歴を見る限りでは超天才肌っぽい感じですし、技術を理論にして伝えていくみたいなことは不得手だったのかもしれません――想像ですが。

さて、ここに写ってる銃ですが、見ての通りセミオートのピストルです。使用する弾は22LRというちっこい弾ではありますがれっきとした火薬を使う実弾で、威力もけっこうなものです(ジュールでいうと140~170ジュールくらいとのこと)。それを片手で持ったピストルから撃つので反動もそこそこありまして、撃発の瞬間は顔の皮膚が剥がれる感覚(※)をわずかですが感じます。

※:銃の反動が手→腕→肩→身体と伝わり、身体全体が反動で後ろに動く際に、顔の皮膚が慣性の法則でその場にとどまろうとするため「顔の皮が剥がれる感じ」を味わうことになります

ラピッドファイアピストルでは、25m先に5つのターゲットを横に並べ、それに1発ずつ、合計で5発を撃ちます。銃を持った手を45度の角度で下におろした状態がスタンバイ、合図があったら腕を上げて狙って撃ち始めます。制限時間は8秒・6秒・4秒の3種類で、それぞれ2回(10発)ずつ撃ちます。

4秒となるとかなりのスピードが要求される、文字通りの「早撃ち」って印象の射撃になりますが、「当たればOK」なスナップショット的な競技かと思いきや全然そんなことなく、かなりハイレベルな精密射撃が要求されます。今のルールだと、10点圏は10cm、9点圏は18cmしかありません。5mに換算したら10点圏は2cm、APSでいうところのブルズアイの黒丸とほぼ同じ大きさですが、相対的な弾痕の大きさが小さくなることも考えると実質的にAPSで「X圏=10点、10点圏=9点」って感覚に近いと思います。世界トップだと、短い制限時間内に10点をほぼ外さないに近いレベルが要求されます。

「今のルールだと」って書きましたが、実はターゲットの形やサイズについては何度か変更がありました。近代オリンピックが始まった1896年から1948年までは、あからさまに「人の形」をした黒い板が設置してありまして、それに当たったか・外れたかで競っていたそうです。中心に縦長の楕円は描いてありましたが、それは同点だった場合(人形のターゲットに命中した回数が同じだった場合)の順位決定に使われるものでした。

1948年のロンドンオリンピックから、ターゲットは「縦長の八角形の上に小さい四角形がついたもの」になりました。今で言うIDPAやIPSCで使われるトルソーターゲットに近い感じでしょうか。その胴体部分に同心円が描かれ、中心に近いほど得点が高くなるという今に近いスコアリング方式になりました。

ここから先は少し年代が曖昧になりますが、1980年あたりに「頭」の部分がなくなって縦長の八角形になり、さらに上と下が切り落とされて四角形となります。


こちらが棺桶ターゲットと呼ばれた縦長八角形のラピッドファイアピストル用ターゲットです。

今のような円形のターゲットになったのは、1988年のソウルオリンピックからとのことです。

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ターゲットは形だけでなく、制限時間の表示方法も変わっています。昔はターゲットが90度、物理的に回転するというものでした。射撃スタート(制限時間のカウント開始)と同時に一斉にこちらを向き、終了と同時に横を向くという、現場で見てたらさぞかし見応えがあっただろうなーと思えるものでした。残念ながら今はターゲットはこちらを向いたままでターゲットの上にあるランプが赤色のときは撃っちゃだめ、緑になったら撃ってヨシになるという仕組みに変わっています。味気なくなっちゃいましたね。とはいえ、電子標的になったおかげで集計が瞬時に行われるようになったのはメリットでしょう。

使用される銃にも変遷があります。初期(それこそ19世紀のころ)は大口径のリボルバーが使われていましたが(そのためターゲットも5つではなく6つ設置されていたとのこと)、ハイスコア出すためには小口径で反動が少ない弾のほうが良いということで22ショートという特殊な弾が使われるようになりました。それが2005年に22ショートの使用が禁止され、他の25m・50m射撃競技と同じように22LRが使われるようになって今に至るということです。

日本のオールドガンマニアにとっては、競技用のセミオートピストルというと、それこそ冒頭で高倉健さんが使っていた(という設定で映画にも登場した)ワルサーGSPが真っ先に思い浮かぶことでしょう。競技専用ピストルなんていう最もマイナーな部類にはいるカテゴリーながら、かつてCMCというメーカーから金属製モデルガンとして製品化されています。ちょっとだけ形が似ているコクサイのオリンピアも含めていいなら、複数のメーカーからモデルガン・エアガンとして製品化されている人気の高い銃、という表現もギリで許されそうです。

ワルサーGSPは、今でもワルサーから現行製品として販売されています。名前が「GSP Expart」となり、トリガーが特徴的だった下に軸があるタイプから一般的な競技銃と同じ方式になったり、色が変わったりという現代的リファインがされています。

いちおう、「競技用のセミオート22LRピストルを選ぶなら、最高のチョイスの一つである」という高い評価はあるようですが、実際にラピッドファイアピストルの競技が行われている大会の風景を見てみると、ワルサーの銃を使ってる人はまず見かけません。ワルサーにかぎらず、ある特定のメーカーの製品以外はほとんどみかけないというのが現実です。そのメーカーというのが、パルディーニです。

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すべての製品に、特徴的な三本の極太シルバーラインが入っているのでひとめで見分けがつくパルディーニの銃。現在のラピッドファイアピストル競技は、ほぼパルディーニのワンメイクマッチになってしまっています。他メーカー製の銃に致命的な欠陥があるというわけでも、パルディーニの銃に決定的な優位点があるわけでもないようですが、ここまで圧倒的なシェアがあると「他の銃は怖くて選べない」となるのは、競技者としては自然な心情というものでしょう。特に日本だと許可の関係で、そうおいそれと銃を買い替えるわけにもいきませんからなおさらです。

けれども、ワルサーGSPを所持して射撃するということは、現代日本でも不可能というわけではありません。「健さんが映画で撃ってたあの銃を自分も所持して撃ってみたい」とか、「蒲池さんの後を継いでオリンピックのメダルを穫る」みたいな夢をおもちの方、ぜひエアピストルで4段を取って装薬ピストル撃ちの仲間になってください。道は開かれています。

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