実銃射撃

TOKYO2020 10mエアピストル混合

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今回のオリンピックから新しく射撃の正式種目になった混合(Mixed Team)。男女ペアで2人チームを組んでの対抗戦です。予選は第1ステージと第2ステージの2回が行われます。予選第1ステージでは男女でそれぞれ30発ずつを撃ち、それを足した合計60発分の点数で上位8人が予選第2ステージに進みます。第2ステージも同様に30発ずつの60発で競われ、1位と2位が決勝戦に、3位と4位が三位決定戦へと進みます。

予選と、三位決定戦&決勝戦ではルールが変わります。この変わり様が相当に劇的なもので、予選の第1・第2ステージとは――それどころか他のライフル/ピストル競技と比べても全く勝ち負けの判断基準が違う、相当に異質なものになっています。男女のペア vs 男女のペアの全員(4人)が一斉に一発だけ撃って、ペアの得点の合計が高い方に2ポイント・低い方に0ポイント、全く同じなら両方に1ポイントが入り、それを続けていって先に16ポイントに達したほうが勝利というものです。

相手より上回ったか・下回ったかだけが判断基準となります。だから、「こちらが8.7を撃って相手が10.0を撃つ」のも、「こちらが10.5を撃って相手が10.7を撃つ」のも、同じ0ポイントで価値は全く同じです。他のライフル/ピストル競技や、混合でも予選だったら致命傷となる(もう絶対に取り返すのは無理な)とんでもないミスショットをしたとしても、この三位決定戦と決勝戦では大した問題にはなりません。逆に、決してミスショットではない射撃をしたとしても、相手がそれより上回れば0ポイント、下回れば2ポイントになります。

ポイントを得られるか得られないかは相手次第になるので、通常の射撃競技みたいに「ミスをせずに淡々とスコアを積み重ねていく」というような感覚とは相当に異なるものになるんじゃないかと思うのですが、ここらへん、実際に私自身で混合競技に出た経験がないのでなんとも言えません。だってペア組んでくれる人に心当たりなんかないし。一度、「池上さんなら、誰か組んでーって頼めば組んでくれる人いるんじゃないですか」って言われて、なら募集してみるかと思って「藤枝でのAPミックスでペア組んでくれる女性募集、当方92平均保証、静岡駅からの送迎付き、昼食はさわやかで…」と、ここまで書いて、「どう見ても出会い系のアピール文だコレ!」って気づいてそっと消ししたことならありますが(笑)

実のところ、相手が何点撃ってくるかなんて撃ってもらわないことにはわからないわけで、相手の点数なんか気にしないで淡々と10.0~10.2平均を撃ち続けるってのが一番勝利に近いような気もします。ただ、こういう競技が導入されたのは、「一発勝負を繰り返し、順位が目まぐるしく入れ替わり、最後までどちらが勝つかわからないエキサイティングな展開」をなんとかして射撃スポーツにおいても演出しなきゃならないという危機感があったからです。ならば、その意図に乗ってやらないと失礼ってものでしょう。TV受けする要素を作らないとオリンピック正式種目としての地位が危うくなり、もし正式種目から外されるようなことになれば射撃がスポーツとして存続するかどうかもわからなくなってしまいます。関係者が必死になって考え出した「見ていて面白いと思える射撃競技のルール」がコレなんでしょう。成功だったか失敗だったかは分かりませんが。

それはそれとして。

TOKYO2020の10mエアピストル混合の予選第2ステージは、1位中国、2位ROC(ロシアオリンピック委員会) 、3位ウクライナ、4位セルビアという順番になりました。


まずは3位決定戦、ウクライナ vs セルビアです。ウクライナといえば当ブログ一推しのパブロ・コロスチノフの活躍を期待したいところですが、混合に出てきたのは彼ではなく年長組(といっても38才ですが)のオレフ・オメルチュク。対するセルビアには、おそらくは今大会唯一のワルサーLP300使い(正確にはLP300XTではないかとの説も)であるダミル・ミケッツがいます。

混合の競技進行の様子をわかりやすく図示する方法がないかいろいろと頭を悩ませたのですが、私には上記のイラストが限界でした。「勝ちは白丸・負けは黒丸で表示する」というのは日本人にしか通用しない価値観かもしれませんが、ひと目見て勝敗が判別できる方法というとこれしか思いつきませんでした。

点数は、10.0を基準としてそれよりどのくらい上を撃ったか・下を撃ってしまったかを棒グラフで表しています。女性の点数をピンク、男性の点数をブルーで表しています。2人とも良い点(10点台)を撃ったときは勝ち、2人して悪い点(9点台・もしくはそれより下)を撃ってしまったときは負けというのは全体を通してただの一つも例外がありませんが、面白いのはそうじゃないとき、つまり片方は良くても片方が悪かったときにどういう結果になったかです。

ウクライナ
「女性が良い点/男性が悪い点」は3回で、全て白星
「女性が悪い点/男性が良い点」は3回で、全て黒星

セルビア
「女性が良い点/男性が悪い点」は5回で、白星3/黒星2
「女性が悪い点/男性が良い点」は2回で、白星1/黒星1

明らかに有意な差があります。「男がポカをやらかしたが女がフォローして勝った」例の方が、その逆より明らかに多いんですね。「男は肝心なところでヘタれるが、女は土壇場で度胸がある」みたいな、今や歴史の本でくらいしか見ることのできない古風な男女の性差のステロタイプを引き合いに出してみたくなります。実際のところはどうなんでしょうね。


決勝戦は中国 vs ROC(ロシアオリンピック委員会)。中国は姜冉馨と龐偉の銅メダルペア、ロシアはビタリナ・バツァラシュキナとアルチョム・チェルノウソフの金銀ペアです。

こちらも、2人とも良い点を撃ったときは白星、悪い点を撃ってしまったときは黒星というのはほぼ例外がありません(9発目と10発目に例外がありますが)。そうじゃないとき、片方が足を引っ張ったときにはどうなったかを数えてみましょう。

中国
「女性が良い点/男性が悪い点」は4回で、白星2/黒星2
「女性が悪い点/男性が良い点」は2回で、白星1/黒星1

ロシア
「女性が良い点/男性が悪い点」は3回で、白星1/黒星2
「女性が悪い点/男性が良い点」は1回で、黒星1

3位決定戦のときほど明らかな差ではありませんが、それでもやはり「女性が頑張って男性をフォローする」という構図が見えてきます。中国の「女が頑張ったのに男が足を引っ張って負けた」2回分は、その足の引っ張り方がずば抜けていてちょっとやそっと良い点撃ったくらいじゃフォローしきれないくらいだったという事情もあります(2発目と14発目。悪くても9.0くらいまでしか撃たないだろうと思ってフォーマット作ってたので下方に突き抜けてしまってます)。

ただ、最初に書いたとおり混合の三位決定戦と決勝戦では、とんでもない悪い点数を撃っても損するのはその回の2ポイント分だけで、あとは響かないので致命傷にはならないという特徴があります。だから、「すごく良い点が出るように頑張れ、その結果、たまにすごく悪い点が出てしまっても構わない」という撃ち方が仮に存在するなら、そのやり方を選択するというのも一つの方法です。その一方で、「ある程度以上に良い点数を安定してずっと撃ち続ける」という、普段の射撃で求められる撃ち方をそのまま実行するというのも、当然取りうる戦法になります。

この決勝戦の結果を見ると、中国は特に前者(すごく良いときもすごく悪いときもある)のやり方、ロシアは後者(上下幅を少なく、できるだけ安定して10.0に近い点数を撃ち続ける)というやり方を目指したのかなという印象を受けます。「大きなミスショット」は中国側は男女合わせて5発、ロシアは3発とロシア側の方がミスが少ないのに対し、「差を広げる高得点(10.5以上)」は中国が8発、ロシアは4発と圧倒的に中国の方が多いです。

ミスを恐れず高得点を狙うのと、ミスをせず安定した射撃をいつもどおり行うのと、どちらが戦略として正しかったのか? 今回は前者が勝利をもぎ取りました。とくに9発目と10発目、ロシアが10.0平均ちょいプラスという、エアピストルでの点数としては十分に目標をクリアしたと言える点数を撃っているのに、中国がドカンと高い点数を撃ったために2ポイント2回分をもってかれてます。結果的にはそれがメダルの色を決定することになりました。

仮にこの説(中国とロシアでは目指す戦略が異なり、その違いが勝敗を分けたとする説)が正しいとすると、この混合競技(メダル決定戦に限る)で勝利するためには、普段の60発競技とは全く違う撃ち方を学び、身につける必要があるということになります。それを実現するためにはどういう技術を身に着けどういう練習をするべきかを研究する必要もありますし、練習方法がわかったらわかったでその練習を積み重ねる必要もありますし、さらには個人戦や予選から三位決定戦・決勝戦への短い時間内に気持ちを切り替える技術も必要になってきます。どれだけ準備ができるか、限られた予算と人員と時間をどうやって「混合団体戦の三位決定戦・決勝戦用」に割り振ることができるか、選手強化に関わる人たちにとっては頭を悩まされる議題になっていくんじゃないでしょうか。

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