ガンマメ~銃の豆知識~ エアガン、サバゲ

【ガンマメ】ホップアップの歴史

投稿日:2016年1月2日 更新日:

Q:HOPって誰が発明したの?
A:公式なものでは、「0.4Jシステム」の実用新案(1987年)が最初。

HOPは最初は「ワルモノ」扱いだった

発射されるBB弾に上向きの回転がかかると、浮き上がるような弾道で飛ぶということ自体は、日本でエアガンが普及しはじめた1980年代から既に知られていた。だが、それは「飛距離を伸ばしてくれるもの」ではなく、「BB弾の弾道を乱す厄介なもの」という扱いだった。

当時の銃雑誌を読み返してみるとそのことがよくわかる。MGC・M93Rのガスガンをベースにしたカスタムガンのシリーズ(今で言うピストルカービンみたいなものもあった)のリポート記事が、月刊Gun 1985年12月号に掲載されているが、「フラッシュハイダーに開けられた穴の形や向きによっては乱気流が発生し、弾が上にホップするように飛ぶ」という内容が書かれている。

当時はガスガンがまだ登場したばかり。ガス流量を微妙に調整するという考え方はまだ一般的ではなく、バレル長に比べて明らかに過剰なガスを吹き出してBB弾を飛ばそうとするものが多かった。そのため、実銃どおりに穴が開いたフラッシュハイダーを装着すると余剰ガスがそこに流れ込んで、銃口から飛び出そうとする瞬間のBB弾に吹きかかり余計な回転を与えてしまう、という現象が起こったのである。

同様のことが書かれた記事は他にもある。MGCキャリコM1000の記事でも、(実銃とは異なり)フラッシュハイダーに穴が開けられていない理由を、「穴があると乱気流が起きてしまい、弾道が上向きに、つまりホップしてしまう」ためと書かれている。ガスの流れ以外によるホップもやはり「ワルモノ」扱いで、例えば当時のサバイバルゲーマーに愛されていた一大メーカーであるJACの広告には、遠距離で命中精度が落ちる理由として「BB弾の微妙な形のユガミで弾道がホップする」というものが挙げられている。
 

2-1ホップ回転を「ワルモノ」扱いする1980年代の記事や広告の一例。左から月刊Gun 1985年12月号(MGC・M93Rリポート記事)、月刊Gun 1987年8月号(MGC・キャリコM1000リポート記事)、月刊Gun 1990年6月号(JACの広告)。※赤い下線は筆者によるもの

モリオカ0.4Jシステムの登場

BB弾に積極的に上向き回転をかけることで、パワーはそのままに飛距離を伸ばそうとする技術が、公式に公開され商業ベースで販売されたのは、上野にあった「プラモランドモリオカ」というショップによる「0.4Jシステム」が最初である。表に出てこない形で個人ベースで似たような方法でHOPを自作していた人はいたのではないかと思われるが、少なくても「商品として販売された」というレベルではモリオカが最初だ。
 

198706gun-morioka「0.4Jシステム」の初出と思われる雑誌広告(月刊Gun 1987年6月号)。ホップ回転をかけているということは広告内には一切書かれていない。
※いまはもう営業していないショップについては、ご迷惑をおかけしないように広告および記事内にある住所・連絡先を消去してあります。以降同じ。

この広告を見てるとわかるが、「ホップ」といった表現は全く使われていない。BB弾に回転をかけることで重力に対抗する力を発生させて飛距離を伸ばす、という理屈も全く書かれていない。「夢の0.4Jシステム」とか、「直進性を自由にコントロールする空力学的システム」といった表現は、まるで科学的根拠不明のオカルトグッズのようだ。

理屈が広告内に書かなかったのはなぜなのか? モリオカは1990年代にはエアガンショップとしての経営をやめてしまっており、今となっては確認することはできないが、想像するに「ホップ」という言葉に対して当時のエアガン界が強いネガティブイメージを持っていたから、というのが理由ではないかと思う。もしかしたら、詳しい仕組みを公開してしまうことによって容易に真似されてしまうことも危惧していたのかもしれないが。
 

198608gun-moriokaプラモランドモリオカを紹介する記事(月刊Gun 1986年8月号)。4mのシューティングレンジなんて今ではエアガンショップだったら珍しくもないが、「何かを狙って撃って、ちゃんとそれに当てる」なんてことをエアガンでやろうと考える人すらほとんどいなかった時代としては実に先進的だった。

ただ、理屈もなにもなしに「パワーは上げずに、飛距離は伸ばします」と言われても、読者にとっては(既に書いたとおり)オカルトグッズと同じようなアヤシゲなシロモノにしか思えない。着けてると恋人ができるペンダントとか、そういうたぐいの製品だ。実際、そう感じた人は(私を含めて)多かったように思う。
 

198703gun-morioka「0.4Jシステム」が発表される直前あたりに掲載されたプラモランドモリオカの広告。ベラボウに高価格なカスタムガンをウリにするお店というのが、このショップに対する当時の読者の一般的なイメージだったと言っていいだろう(月刊Gun 1987年3月号)。

銃雑誌も、実銃ならともかくエアガンについて技術的・科学的な方面から飛距離や精度UPについて解説するようになったのはずっと後のことで、当時は製品の写真を載せて「実銃とどれだけ似ているか、あるいは似ていないか」を論評する程度のことが精一杯だった。モリオカ0.4Jシステムの構造や仕組みについても、詳しく説明している記事は見つけられなかった。一回だけ、プレゼントコーナーに登場した際に部品写真とともに「BB弾がホップするので飛距離が伸びる」ということに触れている部分が見つかったが、それだけだった。
 

198708gun-morioka唯一見つかった、モリオカ0.4Jシステムの「理屈」を解説していた場所。読者プレゼントとして紹介する際に、部品の写真と、文章での仕組みの解説が掲載されている。この文章を見ても、「ホップ回転による飛距離アップ」はそれほど強くはアピールされていないことがわかる(月刊Gun 1987年8月号より引用)。
198712gun-moriokaまるで上半分は記事のように見えるけれど、これは1ページまるまるモリオカの広告。BB弾に回転を与えることで飛距離を伸ばす、ということを明確に書いたのは、ショップが自分で出していた小規模雑誌(同人誌みたいなもの)を除けばこれが唯一だと思われる。今でこそ、エアガン持ってる人なら誰でも知ってる「ホップで飛距離UP」という理屈を、実にもったいぶって「画期的な理論」みたいに紹介しているところに可笑しさを感じるかもしれないが、当時は確かに「画期的」といって良い技術だったのだ。

「ホップ」の名誉回復

飛距離を上げるためにBB弾に上向きの回転を与えることを「ホップ(HOP)」と呼ぶのが一般的になったのは1990年代に入ってからのことだ。
 

199109gun-okparts月刊Gun 1991年9月号に掲載された、横浜にかつて存在していた「ヤマト」というエアガンショップの広告。OKパーツから発売されるハンドガン用ホップアップバレルの広告と、「HOP・UPの効能」という説明文が掲載されている。

次の年の半ばごろには、「ホップアップバレル」はBB弾の飛距離を上げるための必須アイテムとして完全に市民権を得ている。月刊Gun 1992年12月号を見ると、テクニカ、アングス、むげんといった大手ショップの広告に「ホップアップ」の文字が踊っている。コレを組み込みさえすれば、あなたのエアガンの飛距離を大幅にアップできます――。

だが、広告ではなく製品のリポート記事で「ホップ」という言葉が(飛距離を上げるための技術として)肯定的に紹介されるようになったのは意外に遅い。さらにその翌年、1993年3月のコクサイ・マウンテン・リボルバーの記事が見つけられる限りでは初になっている。カート式のガスガンという、今の技術でも精度を上げるのは至難の業とされるジャンルの製品だけに、弾道や精度については(言葉は選びつつも)かなり残念な出来であることがテキストの端々から伺えるリポートになっている。
 

199303gun-kokusai2HOPを搭載して飛距離を伸ばしたということが大きなウリとなったコクサイ・マウンテン・リボルバーの記事。「確かに良く飛ぶが、命中精度はものすごく残念なものになってるよ」ということが遠回しに書かれている。
199303gun-kokusaiついでに、同じ月(1993年3月)の月刊Gunの巻頭に掲載されていたコクサイの広告もご紹介。すごいでしょこれ。このぶっ飛んだセンスは、今のエアガンメーカーにもちょっと真似できそうにない……。

電動ガンに「HOP」が標準搭載された日

現在、「サバイバルゲーム用エアガン」としては世界的な標準となっている電動ガンの初登場は、東京マルイによって1991年に発売されたFA-MASである。威力こそ当時主流だったガスガンよりも低かったが、固定された銃身、安定した初速による高い精度は、はるかに値段が高いガスフルオートガンを大きく凌駕するものだった。

だが、当初のマルイ製電動ガンにはホップが搭載されていなかった。どんなに精度が高くても、またエアタンクなどを背負わずに銃単体でいくらでもフルオート射撃ができるという利点があっても、ホップ無しでは飛距離はたかが知れていて、フィールドではガスガン相手に撃ち負けることも多かった。ホップアップの理屈自体は既に知られ始めており、既存のエアガンに組み込むことができるホップバレルもぼつぼつと登場しはじめていたので、ユーザーはそれを購入して自分で組み込むか、ノーマルのバレルを加工してホップ仕様に改造するなどして対処していた。
 

199109gun-kmKM企画(HEAD1950)からは、「SCS(スピンコントロールシステム)」と名付けられた組み込み型の可変ホップバレルが多数発売されており、事実上「サードパーティー製ホップバレル」のスタンダードになっていた。これは月刊Gun 1991年9月号に掲載された広告。当時主流だったJAC製のフルオートガスガンに加えて、東京マルイ電動ガン用のSCSバレルも発売になるというニュースが掲載されている。

「飛距離を伸ばすならホップ」というのが広く知られるようになってからも、長い間「ホップをかけると弾道がバラける」というのがエアガン界における常識とされていた。「ホップをつけて飛距離を伸ばすか、ホップなしで精度を上げるか」という二者択一だったのだ。

「ホップ付きで飛距離があるのに、ちゃんとBB弾が綺麗に飛んで良く当たる」というのは、夢だった。できたらいいなとみんなが求めるが、実現できるところがどこにも無かったという点で、まさに夢だった。社外製のホップバレルも、「精度が多少落ちるのは我慢して飛距離をアップさせる」ためのパーツでしかなかった。

それが大きく変わったのは、東京マルイが「ノーマル状態」で既にホップが組み込まれた電動ガンを発売してからである。ホップ標準搭載の電動ガンが発売になったのは1993年発売のFA-MASスーパーバージョンが最初。電動ガンの登場から2年も経ってからの登場である。
 

199304gun-maruiFA-MASスーパーバージョンの発売を告げる東京マルイの広告(月刊Gun 1993年4月号)。この時点でFA-MAS以外にもM16A1やMP5A5が電動ガンとして発売になっていたが、どれもHOPは未搭載だった。

しばらくの間は東京マルイ製電動ガンには「HOPあり」と「HOPなし」の2種類が混在する形だったが、1年後の1994年4月号には、既に発売になっていた製品を含め全機種にホップアップ・システムを搭載するとの記事が掲載される。今でもお馴染みになっている、黒くて丸い「HOP UP」のタグデザインもその時に発表されたものだ。
 

199404gun-maruiHOPが全ての電動ガンに標準搭載されることを発表する記事(月刊Gun 1994年4月号)。見慣れた「HOPUP」の丸タグのデザインもこのときに決まった。

東京マルイの純正ホップは、それまで存在していたホップと異なり実によく飛ぶと同時に良く当たるものだった。「飛距離か、それとも精度か」を選ばされるものではなく、「飛距離も精度も」を実現したものだったのである。

その性能の高さからエアガンは一気にホップアップ全盛期に突入する。各社から新しく発売されるエアガンのほぼ全てがホップ付きとなり、ホップが付いていないエアガンは区別するためにわざわざ「ノンホップ」と呼ばれるようになったほどだ。過去に発売されたノンホップのエアガンを、改造することでなんとかホップ仕様にするにはどうしたらよいか、という話題が1993年末~1994年は読者欄を埋め尽くしている。

なぜ東京マルイの純正ホップに限ってそんなに「よく当たる」ものだったのか、他のホップとはどう違うのか? 数あるホップシステムの種類とその違いについては、次回に。

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