遠足や修学旅行先として、「登山」が選ばれるってことは世間的にはそれなりに珍しくはないことだと思うのだけれど、それがことごとく悪天候で中止になった経験を持ってる人ってのはどのくらいいるんだろうか。
関東圏で子供時代を過ごした人なら、学校の遠足先として筑波山に行ったことがあるはずだ。自分も確か小学校の頃に遠足で行ったことがある。しかし冒頭にも書いたとおりその日は天候に恵まれず、結局登山は中止になってしまい、なんか狭い場所に押し込められて蕎麦を食べて帰って来たのを覚えている。お椀に入った温かい蕎麦がクラス全員に配られるのだけれど、ベビーブーム時で人数も多いクラス全員に行き渡るのに時間がかかりすっかり冷めてしまった。
お椀に入った汁物が冷めると、熱せられて膨張していた中の空気が縮んで負圧になり、お椀の蓋が開かなくなる。大人になった今なら、お椀の縁を押して楕円形に変形させて蓋との隙間を開けてやれば、内外の気圧が同じになって簡単に蓋が開くなんてことは知っているのだけれど、社会経験の少ない子供じゃそんなことはわからない。力任せに開けようとして、案の定お椀の中身ごと周りにぶちまけてしまうクラスメイトが続出、そこらじゅうが阿鼻叫喚の嵐になってしまった。
……なんていう、ほんっっとーにどーでもいいことだけが記憶に残っている。そんなことばかりを覚えているってことは、熱による気体の膨張収縮だとか、気圧差によって蓋が開かなくなるだとかなんだとか、言葉はともかく理屈だけは分かっていたんだろうな。学研のひみつシリーズが愛読書だった子供時代。我ながら、どんなガキだったんだろうと不思議になる。
まあ、そんな具合で筑波山への登山というのは、自分の人生の中で「やり残したこと」の一つになってしまっている。このまま、「小学生のころ、遠足で筑波山に行ったんだけれど雨が降ってて中止になってさー」という思い出だけを持って生きていくのも別に何の支障もないのだけれど、せっかくだから心残りはクリアしておきたい。幸い、今住んでいる場所から筑波山はそれほど遠くないし。
調べてみたら、登山口から山頂まで、距離にして2kmちょっとくらいしかないそうだ。なんだ、ほんとうに目と鼻の先って感じじゃないか、楽勝楽勝……と完全に山を舐めきった状態で登山してきた。いちおう靴は運動靴じゃまずいだろと思って、トレイルランニング用の靴を購入、それ以外の服装はアウトドア用としてもともと持っていたものを流用だ。
電車・バスを乗り継いで筑波山神社まで、そこから白雲橋コースで女体山頂へ、そこから男体山頂へ移動して御幸ヶ原コースで降りてくるルート。全部合わせても6km程度で、まあ世間一般的に言っても「初心者向き」なルートではあるのだけれど……。いやあ、山に登るなんて10代の頃以来だとはいえ、こんなにキツいもんだったかと驚いた。ちょっと進むだけですぐに全力ダッシュしたときみたいに息がゼイゼイハアハアになってしまう。こりゃもう、歩き続けられる程度のペースで時間をかけて登らないと途中で倒れるぞと思い直し、歩幅を極めて小さくしてゆっくりゆっくり登っていくことにする。こんなんじゃ他の登山者の皆さんに追い越されまくりだろうなとおもいきやそうでもなく、明らかに「健脚!」って感じの人はすごい勢いで追い越していくのだけれど、ご年配の方や女性の登山者なんかは逆にこちらが追い越すこともしばしば。平地を歩く時とは距離やスピードに対する感覚が全く違う世界なんだねえ。
女体山頂にたどり着いたあたりで、ロープーウェーで登ってきた小学生の遠足の集団に飲み込まれてしまう。大量の小学生が、女体山から男体山へ移動する、その群れと一緒に移動せざるを得ない状況になる。子どもたちは周りに遠慮とかせずに我先に道に殺到する。子どもたちも体力は様々だから、進むのに手間取っている子供を先頭にして体力の余った子供がうわーっと後ろに滞留して道を完全に塞いでしまう。逆に男体山から女体山に来る人もいるのだけれど前に進むことも出来ずに立ち往生、こちらから向こうに行くにも立ち往生。しばらく休んでやり過ごそうにも、後ろから際限なく子どもたちの群れが押し寄せてきてキリがない。
期せずして、ン十年前の「小学校の遠足」をやり直すハメになった。ああ、あの日に雨がふらずに遠足が決行になっていたら、ガキだったころの自分もこうやって周りに迷惑をかけてたのかもしれないなあ……。
男体山頂から筑波山神社の登山口まではケーブルカーが通っている。子どもたちはそれに乗って降りていくので下りではもう小学生の集団に飲み込まれる心配はない。下りの御幸ヶ原コースはほぼケーブルカーと同じルートを通っている。冒頭の写真は下り途中で、ケーブルカーの行き交うポイントにて撮影したものだ。登りに比べて下りは楽かと思いきや、もう脚がガクガクになっていて予想以上に大変。「膝が笑う」ってのはまさにこんな感じか。少し下りては休み、下りては休みを繰り返してなんとか登山口までたどり着いた。
さて、「人生の心残りになってる山」はもうひとつ、高校の修学旅行先だった磐梯山がある。当時の学年主任が登山好きで、周囲の反対を押し切って強行に決めてしまった……なんて話も後になって聞いた。しかし前日に発表された天気予報が「明日は大雨確実」というもので、もう現地に着いてホテルに泊まってる段階になって中止が決まるというグダグダな結果になったものだ。実は夜が明けて当日になってみたら嘘みたいな快晴で、せっかくだからと登り口のところ(冬はスキー場のゲレンデになるところ)だけ少し登ってみたりとかそんなことをやったような記憶がある。あと、おみやげ品として会津名産のにごり酒を買おうとしたら先生に怒られたりとかそんなこともあったなあ。
磐梯山は筑波山よりずっと遠いし、今回みたいに「ふと思い立って、ちょっと行ってみるか」で行ける場所じゃないが、なんとか一度は登って心残りを解消しておきたいものである。