「銃を構えて、狙って、引き金を引いて弾を撃って、ターゲットに当てる」というのが射撃というものです。いきなり当たり前の話から始めて申し訳ありませんが、射撃ってのが、物凄く個人的というか、なにがどうなってるのか他人からは皆目わからない細かい「動き」の集合なのだということを改めて強調しておきたかったのです。
射撃をしている誰かが、良く当たっている、あるいは当たっていない場合、それが「なぜそうなるのか」を横から見ているだけで判断するというのはとても難しいことです。その人がどんなふうに狙って、どんな感じでどんなタイミングで引き金を引いているのかは、本人しか分からないからです。
そこで、トリガーを引く直前と、引いた瞬間と、引いた直後に、銃口がどこを向いているのか、その軌跡をセンサーで読み取ってパソコンに転送して記録し、誰でも見ることができる(もちろん、本人もリプレイして見返すことができる)ようにしたのが射撃解析装置です。基本的な目的としては、実銃で射撃競技をしている人が「より上手になる」ための練習道具として誕生したものです。
弾を撃たなくてもトリガーを引いてハンマーが倒れたりするときの衝撃でもって「今、射撃をした」と判断することによって、実際に発砲しないでも発砲したとしたらどういう結果になったかをシミュレートするための道具としても使われています。射撃スポーツの練習の他、軍隊の訓練などでも射撃解析装置は広く使われています。
代表的な射撃解析装置としては、軍用としても使われているNoptel、RIKA Home Trainer、そしてロシア製のSCATTなどがあります。基本的には専用のターゲットを設置して、ターゲットと銃に取り付けた装置との通信によって作動するものが多く、「実際に弾を撃つ」練習と併用することが難しいという問題がありました。
SCATTは近年、銃に「ターゲットを撮影するカメラ」を取り付け、通常のターゲットを狙って撃つだけで作動するタイプの製品を発売しました。ターゲット側には何も取り付けないので、撃って穴だらけにしたところで何の問題もありません。実際に弾を撃ちながら、「今のが当たったのはなぜか、外れたのはなぜか」を記録して後から見返して分析できるというのは大きな利点です。価格も1799ドル(日本では、シースジャパンの販売価格で179,000円です……安くね?)と「目の玉が飛び出るほど高い」というわけでもないこともあって、私の周囲でも実際に持っていて使ってる人が何人もいます。
ただ、射撃用品の相場からすればそれほど高くないといっても、やっぱり18万円って高いです。そうおいそれと買えるものじゃありません。射撃解析装置としてではなく、射撃シミュレーターとして銃が所持できない若年層や、まだ所持していないけれど興味がある人の入門用に使うとしたらやっぱり数台は欲しいわけで、じゅうはちまんえんもするものを何個も揃えるとか、とてもとても夢物語です。
だからこそ、「8万円程度で収まる範囲の価格」という条件付きで新型ビームライフルの開発が行われ、実際にはその予算は大幅にオーバーしてしまったもののとりあえず形になった興東電子のビームライフルや、まだ発売にはなっていないけれど興東電子のよりはずっと安くなりそうなマルゼンのデジタルカメラピストルに期待が集まっていたのですが……。
今年始めにアメリカ・ラスベガスで開催されたショットショーにて衝撃の新製品発表がありました。SCATTから、従来型よりも大幅に小型軽量化、そしてお値段を下げた新型の入門用SCATTが発売されるというのです。ショットショーってのは、「とりあえず発表してみただけ」みたいなものも少なくないのですがこれについてはそうではなく、ほとんど間髪を入れずにSCATT USAのサイトで予約販売が受付開始されました。
新製品の名前は「SCATT BASIC」。価格は749ドルです。アメリカ国内なら送料無料ですが日本までだと50ドルの送料がかかります。それと関税みたいなのも取られるはずです。けれどそれを全部合計(1ドル120円換算で)しても10万円をちょっと超える程度で済む計算になります。
というわけで、即座にポチってしまいました。発売は2月10日、事前予約申し込みをした人にはそれより前に順次発送するみたいなことが書いてありましたが、実際に届いたのは3月に入ってからでした。まあ、それでもずいぶんと速いです。
ちなみにシースジャパンさんでも取扱を開始しています。価格は119,000円。たぶんこちらには日本語マニュアルとか付いてくるんでしょうから、これから日本在住でSCATT BASICを購入しようとするなら、シースさんから買うのが良い方法だと思います。
前置きが長くなりましたが、それでは次ページからいよいよ、届いたばかりのSCATT BASICのレビュー記事を開始したいと思います。
箱をあけてびっくり。説明書もソフトが入ったCDも何も入っていない。さすがはロシア製だ。なんかロシア語が書かれた紙が2枚(どうやら、保証は2年だよ、シリアルナンバーはこれだよみたいなことが書いてあるっぽい)と、本体と取り付け金具とUSBケーブルと付属品とレンチ、あと金属で出来たアクセサリーっぽいものが一つ……と思ったら、これが実はUSBメモリだった。
とりあえず、SCATTの公式サイトに行ってマニュアルと専用ソフトをダウンロードする。マニュアルには付属品一覧が載っていて、「ソフトが入ったCDまたはフラッシュドライブ」と「クイックセットアップガイド」が同梱されていると書かれている。イラストでは小さいCDが描かれているのだけれど、そんなものは入っていない。てっきりオマケで付いてきたキーホルダーかなにかだ思い込んでたものが実はUSBメモリだったというのは予想も付かなかった(向こうだとUSBメモリのことをフラッシュドライブって呼ぶの?)。しかし文句をつけようにも、それを知った時点ではもうそれらは手に入っているのだから文句を言うメリットがない。
レンズ前面に取り付けることができるアイリスが2つ付属する。マニュアルによると、屋外の射撃場で、ターゲットが直射日光で照らされているようなときにはこのアイリスを付けてくれとのこと。
あと関係ないけれど、こんなものが付いてきた。キーリングを取り付けてキーホルダーにでもしろっていうのかな? みたいなこと思ってそのまま箱に戻して忘れてたけれど、実はこれがUSBメモリだということをTwitterで指摘されて始めて気づいた。あ、ホントだ!写真をよく見ると差込口があるのが見えるじゃん!
かつてのSCATTを使用するためのソフトである「SCATT pro」は、とにかく設定項目が多く、また射撃した後にも集めたデータを分析するための機能が豊富で、画面上部にあるバーは選択肢で埋め尽くされていた。たまたま自前のタブレットに、以前SCATTをお借りしたときに試してみようとSCATT Proがインストールしたままになっていたので(ソフト自体はSCATT公式サイトで無料でダウンロードできる)、まずはそれを立ち上げてSCATT Basicを接続してみたのだけれど……。
「デバイスが見つかりません」的なメッセージが出てしまい、一切の操作ができなかった。残念。
仕方ないのでSCATT Proはアンインストールし、BASIC用のソフトをダウンロードしてインストール。SCATT Proは3MB足らずなのに、BASICは16MBもあったりする。BASICの特徴の一つが、「Macでも使えるようになりました」ってことなので、両方に対応するための特別な開発言語とかそういう関係で容量がでっかくなっちゃったんじゃないかと思う。
起動してみた画面がこのページ上。Proに比べると物凄くシンプルだ。「射撃を始める」「過去のデータを開く」の二つのボタンが画面中央にポツンと並んでいる。上にある「Settings(設定)」を開いても、設定できるのは軌跡の色だけでメカニズムとか作動関連の設定は一切ない。
まずは「Start new practice(練習を始める)」をクリックしてみる。というかそこをクリックする以外に選択肢がほぼ存在しないのだが……。
SCATT Basicのセンサー(カメラ)は、銃口より下に付けることになるので、銃口の向きを完璧にシミュレートするには、銃口の位置とのズレを補正する必要がある。本来ならいろいろと面倒なことをしないとならないハズなのだが、SCATTではこのキャリブレーション画面で、「ターゲットを狙って一発撃つ」だけでその処理を全部自動で行ってくれるという。
銃をターゲットに向けて撃つ(トリガーをカチンと言わせる)。SCATTは、「今の状態が、ターゲットを正しく狙った状態なのだ」と判断する。銃身より下にセンサーが付いているから当然SCATTが見ているターゲットはずいぶんと上の方にあるはずだ。そこでSCATTは、「ターゲットがあそこらへんに見えているということは、おそらく自分は銃身の下の●●mmくらいのところに取り付けられているのだろう」と判断する。そしてそれ以降は、SCATT自身が見ている映像に「銃身は、自分の真上の●●mmあたりにある」ということを考慮した補正をかけた上で銃身が向いている位置を計算し導き出して画面に表示する、という仕組みになっている……らしい。
だからこのキャリブレーション画面で上手くターゲットを狙って撃たないといつまでたっても軌跡がターゲット上に表示されないし、スコアも出てこない。恐ろしいことに、一度きちんとキャリブレーションが取れてきれいに軌跡やスコアが表示されるようになった後でも、なんかの間違いで再度キャリブレーション画面に戻ってしまうと最初からやり直しになってしまうという罠もある。
「そもそも、SCATTがターゲットをちゃんと見えているかどうか」も問題になる。カメラで見た映像を元に解析しているという関係上、ターゲットは十分に明るく照らされている必要がある(マニュアルによると1000ルクスは必要とのこと)。ターゲットが暗いとSCATTがターゲットを判断できず、いくら狙って撃ってもキャリブレーションが取れない。
このSCATT Basic用のソフトウェアだが、従来のSCATT Proに比べるとかなり機能が制限されている。先日、葛飾総合スポーツセンター射撃場で実際にモリーニに付けて試していたところ、上位機種に相当するSCATT MX-02をお持ちの方がいらっしゃってその場で見比べることができた。ざっと違いを挙げていくと……。
●軌跡のオートリプレイがない
なければないでなんとかなるが、あればあったでやっぱりありがたい機能だけに、省かれてしまったのは残念。
●ピストルのスコアが、小数点込みの合計点でしか表示されない(嘘でした。ちゃんと素点表示されます)
これは興東電子のビームピストルも同じ問題があったけれど、ピストル種目は現時点では小数点ではなく素点のみでの集計なのだから、試合での点数と違うやり方で表示されるのは大変困る。これは多分、単純ミスみたいなもので、すぐ直してくれるんじゃないかと思うのだけれど……。画面を良く見たら、ちゃんと素点(小数点抜き)での合計点も表示されてました。単なる見落としです。申し訳ありません。
●細かい分析機能がない
SCATT Proは、上下方向のブレ、左右方向のブレ、中心からの距離のブレなどをグラフ化して表示したり、撃発前のブレの大きさ、撃発後のブレの大きさの統計を取って一般的な数値と比較したりといった、様々な方面からの「射撃データの分析」ができる機能を持っていた。Basicには、一切そういう機能はない。撃ったその軌跡を表示し、点数(小数点込み)を記録していくだけだ。
●試合モードがない
SCATT Proでもデジタルピストルでもビームピストルでも、実際に大会などに使用することを前提とした機器でもあり、マッチモードというものが存在している。試合と同じ形式で、試射・本射と続けていって、本射で定められた弾数を撃つと終了して集計が発表される、というものだ。Basicにはそういった機能はなく、ただ延々と撃ち続ける以外の使用方法がない。純然たる練習専用マシーンである。
●なんとなく、全体的に、画面がショボい
線のクリアさとか滑らかさとか、数字や文字のフォントとかが、やけにショボい。たんに私のタブレットが安物で、MX-02を所持していた方のノートパソコンの画面表示に大きく劣っていてショボく見えただけなのかと思ったけれど、実際に自宅のPCにインストールして大画面液晶で見てもやっぱりショボい。
練習に役にたつかたたないかってことで言うなら、そりゃもう間違いなく役に立つ。SCATTなしでの練習3日分が、SCATT使った練習1時間に相当する……って言っても言い過ぎじゃないくらいの感覚だ。ただしこれは、SCATTで表示されている情報の意味を読み取ることができるだけの知識と経験があってこその話。単に「当たったーわーいすごーいうれしー」ってだけの人だと、SCATT付けても「わーいおもしろーい」ってだけで終わってしまう可能性が高い。「あたらなかったーくそーわからんぜんぜんわからん」と悩みながら撃ってる人にとっては、SCATTはおそらく一気に目の前が開ける魔法の道具に近いのではないだろうか。
私の場合、ここしばらく悩まされていた「謎の8点」、自分ではちゃんと撃てたと思ったのに8点のすごいところに飛んでいってしまう現象の原因がイッペンで明らかになったのが大収穫だった。自分では完璧にできていて、いまさら治すまでもないと思っていた箇所が全然ダメだったってのが原因だった。改めてそこに気を使って撃つようにするだけで劇的によくなった。もしSCATTがなければ、ことし一年くらい、良くても夏あたりまではこの「謎の8点」に悩まされ続けていたんじゃないかと思う。