「射撃は90%はメンタル」の続きです。
ここまでのテキストで、「脳からは、ネガティブなシグナルとポジティブなシグナルの両方が発せられている」ということと、「それらは同じ場所ではなく別の役割をする別の領域が発生源となっている」ということ、そして「ポジティブなシグナルによってネガティブなシグナルを上書きすることが可能だ」ということが述べられていました。
そして前回は、心理療法士の方による知見として、ポジティブなシグナルによって上書きするというのは具体的にどういうことなのか、どういう訓練を積み重ねればそれが可能になるのかといったことについて、ほんの入口ですがやり方が示されていました。
今回はさらにその続きです。
「射撃は90%はメンタルである」の翻訳一覧
マッチ・プレッシャーに科学で対抗する
「古い脳」からの悪い信号を「新しい脳」からの良い信号で上書きする
マッチ・プレッシャーを拡散させるための、ある一つの簡単な方法
訓練によって自分の脳を作り変えることができる←いま表示してる記事
集中するということは、余計なことを思考から排除するということ
自分で自分の記憶を作り変える方法
その瞬間、世界はスローモーションになる
射撃は90%はメンタルである
引用元:SHOOTING SPORTS USA
Chip Lohman著 - 2015年8月5日
●パフォーマンス・アンザイエティ(敢えて日本語にすると、「能力への不安」?)
ヒストリー・チャンネルの「The Brain」では、「パフォーマンス・アンザイエティは、競技能力を低下させるもっとも大きな要因」とされています。SEALの訓練においては、新兵はまずパフォーマンス・アンザイエティは単純に「失うことの恐怖」であると教えられます。別の言い方をすれば、扁桃体が勝利している状態ということです。SEALの訓練においてはアサルトライフルでの射撃は低レベルの活動であり、このような状況では前頭葉は働きを停止しているべきだと結論付けられています。聞き覚えのある言葉ですか? オリンピックのライフル競技での金メダリストであるLauni Meiliはインタビューでそれを「ゾーンにある状態」と呼んでいます。スポーツにおける成功とは、恐怖と戦略をバランスさせて脳を調節する能力であり、小脳を訓練して「ここぞという時に活躍する」能力を持たせることです。
●心を穏やかにする
自律神経系は、心拍数、呼吸数、瞳孔反応など、意識せずともいくつもの機能を制御しています。この「自動回路」は、私達が始めて射撃を習った時にフリンチ(反動に対処しようと、トリガーを引くとき同時に銃を下方に押し下げようとする動きのこと。射撃においては矯正すべき有害なクセです)を起こさせたり、フロントガラスに石が当たったときに瞬きをしたりといった、「脅威を意識する前の反射的な行動」を起こします。脳のこの同じ部分は、「戦うか逃げるか反応」として知られる超人的な反射運動(いわゆる「火事場の馬鹿力」のこと)を制御します。この電撃的な神経応答の際には、「ノルアドレナリン」という特別なホルモンが放出されます。ノルアドレナリンは、用心深さとか集中力を呼び起こすものです。「用心深さ」「集中力」、まさに競技射撃にふさわしい響きではないでしょうか? ノルアドレナリンは、注意と反応を制御する脳の領域にも影響を及ぼします。
残念なことに、脅威に対する身体のこの「オールハンズオンデッキ(直訳すると「総員甲板へ」という意味。総動員で物事に当たれというようなニュアンスで使われる言葉)」反応は、(競技射撃にとってはありがたくない)心拍数の上昇をもたらしてしまいます。ある報告書によれば、「戦うか逃げるか反応」は、「理性的な心理を迂回する」ものであり、射座において標的を狙うスポーツを行う上では明らかに適切ではありません。予想はできていたことですが。Jock Elliottの連載記事、「プレッシャーがかかった状態で、クラックしない方法」では、経験豊富な競技者は、多くの試合を経験することが、射撃ラインまで歩いて行くときに感じる脅威を減らしてくれると説明しています。そこにはもう、「戦うか逃げるか反応」を無理矢理に押し付けてくるセイバートゥースタイガーは存在しません。
どのようにすれば、心拍数の増加なしに、際立った集中だけを選択的に引き起こすことができるのでしょうか? Lanny Bashamの著書から何度か引用しているように、ストレスホルモンに対する生理学的反応に向かうあなたのattitude(態度)は、あなた自身が競技に対してポジティブな感情を持つか、逆にネガティブな感情を持ってしまうかを決定する可能性があります。「戦うか逃げるか反応」が引き起こす恐怖は、地面に立ちすくむか風のように走り出すか、そのどちらかの準備を身体に行わせます。しかし、ポジティブな「物事に対する、際立って強い興味」は、それが恐怖を伴わなければパニックではなくクリアーな心理状態を作り出すことができます。たとえばこんなホビーがあります――ショーに出品するビンテージカーの汚れを細心の注意を払ってきれいにするとか、写真撮影のために素晴らしい照明を準備するとか、フレットのないバイオリンで完璧な音程を奏でるとかいったことです。これらの動作は最大限の注意力を必要としますが、恐怖を伴うということはありません。
●練習
・観察
練習は、そもそも何のために行うのでしょうか? 筋力増大が目的ですか? それとも単なる習慣でしょうか?
・研究
脳神経科学では長い間、一度構築された脳のニューロンは、失われることはあっても変化したり新しく形成されたりすることはないと考えられていましたが、最近の研究でそうではない可能性があることが明らかになってきました。この現象は、「脳の可塑性(かそせい)」および「ニューロン形成」という医学用語で呼ばれています。Sharon Begleyは、著書「心を鍛えて、脳を変えよう」において、脳が反復的な訓練にどのように反応するかについての定説を覆した神経科学者による研究についてレビューしています。
従来の科学界では、生まれた時に作られるニューロ・プログラミングは一生そのままだと考えられていましたが、最新の研究ではそれまで考えられていたよりもずっと適応性が高いことが確認されています。Michael Merzenich教授とJon Kass教授による「Begley実験」の一つにこういうのがあります。まず猿の手の内側の神経を切断し、手の親指側の感覚を全く感じないようにします。数ヶ月、猿の脳が「親指からの信号を受け取っていない」ことを認識するのに十分な時間が経った後に、医師が体性感覚皮質(接触感覚のための脳のプロセッサー)を再検査します。これまでの一般的な考え方では、それまで親指の感覚を司っていた脳の一部が退化して「ブラックホール」のようになると思われていました。しかし実際には、かつては切断された神経からの信号を受け取っていた脳の領域が、今は手の外の部分の刺激に応答するように変化していることが発見されました。親指側の信号を受信する代わりに小指側の信号に応答していたりするのです。
この研究は、当初は偶然の産物とみなされ却下されました。しかし多くの論争を巻き起こし追試実験が行われたことにより、「脳は停滞しているものである」という従来の神話は否定されることとなりました。実際に、これらの研究は我々の脳のどの部位がどういう動作や感覚と結びついているのかという物理的なレイアウトは、人生を生きて経験を積み重ねていくあいだずっと形作られ続けているのだということを示しています。
・タント博士による知見
これは猿を使っての実験ですが、人間に関する研究でも同様の現象があることが確認されています。特殊な職業に就いている人の脳をスキャンしてみると、その職業にとって重要であると思われる脳の領域が拡大していることが確認できます。例えばバイオリン奏者では左手、タクシー運転手では海馬(空間記憶において重要となる領域)などです。
直接的に射撃競技に関係してくる研究としては、熟練した医者の脳には、中央前頭前葉の成長が見受けられるというものがあります。いつ起こるかわからない判断しづらく制御されていない行動に対して、常に注意を払う能力が必要とされるからです。理想的な射手が、ブルズアイの中心に集中し、注意深く、しかし力むことなく、サイトのランダムな動きを受け入れ、射撃の結果を認める、そういう状況を考えてみましょう。そして次に、それをあなた自身が行っていると考えます。何度も繰り返すことで、あなたは自らの脳を運動させ成長させることを自覚します。
・筋肉の記憶
さらなる研究では、脳の「第2の部屋」である小脳は単純な身体行動の手順を保存するだけでなく、脳を訓練することによって正しい神経および筋肉を呼び覚まし、筋肉そのものに記憶を保有するよう促すという考えがあることが示唆されています。
ちょっと関係のない話、自分自身の話をさせてください。こういう機会にでも書いておかないと、もう一生このことについて書くこともないと思うので。
完全にわたくしごとですが、今年の始め、父を亡くしました。といっても突然の話ではなく、もう3年近く前に「いつ破裂してもおかしくない」と言われた心臓周りの血管を人工血管に交換する手術をした際に小脳梗塞を起こし、身体を動かすことも言葉を話すこともほとんどできない状態、はっきり言うと「もう、半分くらいは死んでるも同じ状態」になっていまして、覚悟をする時間だけはもうたっぷりとあったというのが実情ではあるのですが。
小脳というのは上で書かれてるとおり、「単純な身体行動の手順を保存する」というのが主な役割です。コンピューターでいうならOSに相当するようなものでしょうか。大脳にはそれほどダメージがなかった、つまり物事を記憶したり考えたりする能力はそれほど失われていないのに、意志を表に出す手段や、外からの情報を受け取るルートのほとんどが失われた状態、というのが父の状況に対する正しい理解だったと思います。
小脳梗塞を起こしているということが分かってからしばらくの間、リハビリを専門とする病院に入院していました。単純な動作や行動を繰り返すことによって、新たなニューロンが発達し、失われた小脳の機能が脳の別の場所で置き換わることがある、というのが医師の説明でした。実際にかなりの効果があり、まともに話すことも動くこともできない状態だったのが、とぎれとぎれながらも会話が成立するようになったと思ったら、スタッフの人と談笑したり冗談を言ったり歌を歌ったりするようにまで回復しました。
ちょうどこの部分が、今回のテキストに関連した部分ですね。脳梗塞によって脳の機能の一部が失われてしまっても、その後に適切な訓練をすることによって失われた機能が脳の別の部分によって代替されて復活することがある、という実例の一つと言えるんじゃないかと思います。
しかし父の場合、そのまま回復とはなりませんでした。年齢とそれまでの不摂生のため、次から次へと身体に不具合が出てきてそのたびにリハビリを中断して入院しなければなりませんでした。せっかくもとに戻りかけた機能も、入院して数週間や数ヶ月ベットに寝たっきりになっていると元の木阿弥、また最初からやり直しになります。そうこうしているうちに体力はどんどん低下し、身体は固まり、リハビリも難しい状態となり、そして今年の始めに天に召されたという次第です。
年をとっても日常的にできるだけ運動をして体力を維持しましょう、という話を良く聞きます。いまさら運動なんかしても病気するときは病気するんだから無駄だ、と無視する年寄りもいますが、いざ病気をしたとき、そこから回復できるか、回復できずに寝たきりになってそのまま死んでしまうかは、やはり基本的な体力がどれだけ残っているのかが運命の分かれ目になるのだってことが良くわかります。父も普段から積極的に運動をして体力をつけておけば、リハビリを継続して続けることができて、もしかしたら回復することだってあったかもしれない、そう思えるのです。
「自分の脳機能を、訓練によって作り変えて、プレッシャーに対抗できる仕組みを作り出そう」というのが今回の引用部分のキモでしたが、それとは関係のない自分語りを読ませてしまって申し訳ありませんでした。どこかで書いておかないと自分の中に溜まった何かが危なくなりそうな気がしたもので。おつきあいありがとうございました。
テキストはまだまだ続きます。以前に「このことについては後ほど説明」ってことで流されてしまった、脳からのシグナルの伝わるスピードが、扁桃体からくるネガティブシグナルと、前頭葉からくるポジティブシグナルでは大きく異なるという話、そこについて詳しい説明がされている箇所がこの次に来ます。
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