ピストル射撃で、一番難しいのはトリガーだ。これはきっとマジでやってる競技者の人ならみんな同意してくれると思う。撃つ瞬間、つまり「銃を最も止めていたい瞬間」に、トリガーを引くという「銃に対して力を加える」という行為をしなければならない、これが射撃競技というものにおいて競技者を悩ませる最大のジレンマだ。
ライフル射撃はまだマシだ。ライフルでは銃を支えるのは左手・左腕を含めた身体全体で、右腕と右手の人差し指は銃を支えることから開放されてトリガーを引くことだけに集中できる。しかしピストル射撃では、銃を支える腕で、同時にトリガーを引かなければならない。銃そのものは不安定な腕の先にあり、その先の指で不安定な状態にある銃に力を加えなければならないわけだ。こんな難しいことはない。
だからピストル射撃において、トリガーを引く時には、「できるだけ銃に動揺を与えないように引く」のが目標となる。といっても、ある程度以上の力を加えないことにはトリガーは引けないのだから、どうあっても銃そのものに力を加えることになる(トリガーは銃に付いているのだから当たり前だが)。なるたけ影響の少ない形で力を加えるにはどうしたら良いのか? それは、「真っ直ぐ後ろにトリガーを引くこと」だ。
トリガーは後ろにしか動かないんだから後ろに引くのは当たり前だろ、と思われるかも知れない。しかし、改めて銃のトリガーを良く見て欲しい。真横とか前方に力を加えたりしてもトリガーは引けないが、それ以外の方向にならば、どの方向に力を入れてもトリガーは後退してしまうのだ。
斜めに力を入れるとどうなるのか? トリガーは銃を支えている手のひらよりも前方にあるから、銃そのものに回転する力が加わることになる。例えばトリガーに対して、斜め左後ろ方向に力を加えると、銃は左方向に回転しようとする。サイトを見て照準している射手にとっては、「トリガーに力を入れたら、フロントサイトが左に行こうとした」という感覚になる。ほとんどの場合、射手は無意識に銃を右方向に振ろうとすることでそれに対処する。具体的には手首や手のひらに力を入れて銃に右向きの力を加えようとしてしまうのだ。
結果的に真っ直ぐ向いてるんだから良いんじゃないか? いや、それがそうでもない。弾が発射される瞬間、つまりトリガーのシアが切れた瞬間、トリガーの重さ、つまり「トリガーが指を押し戻そうとする力」が僅かに減るからだ。そのことによって、トリガーによって銃に加えられていた左方向へ回転させようとする力が、弾が発射される瞬間だけ僅かに減ることになる。しかし、射手によって銃に加えられていた、その逆の右方向へ回転させようとする力はそのままなので、銃は「弾が発射される瞬間」に、射手の意志とは関わりなく右方向へと回転してしまうのだ。射手の感覚的には、「発射の瞬間、フロントサイトが右に飛ぶ」というイメージになる。
実際には、シアが切れてから弾が発射されるまでには僅かな時間がかかる。だから弾が発射される時には、銃は既に右に回転してしまった後、あるいは回転している途中ということになる。これがどれだけ最悪な状態なのかは考えれば分かるだろう。トリガーストップ(シアが切れた直後にトリガーがネジの頭などに当たってそれ以上動かなくする機構)によってその弊害は減らすことは出来るが、根本的な解決にはならない。解決するためには、トリガーを「真っ直ぐ後ろに」引くようにするしかない。
トリガーについて、具体的な練習方法などは後編にて。
これまで書いた射撃入門記事や、受講した射撃講習会・メンタルトレーニング講座で得た知識などをまとめて、「ピストル射撃入門」としてKDP(Amazonの電子書籍)として販売しています。
ピストル講習会 ~エアガンシューティングからオリンピックまで、すべてのピストルシューターのための射撃入門~
ピストル講習会・プレート編 ~3秒射・速射の技術や理論と練習方法について~