「古い脳」からの悪い信号を「新しい脳」からの良い信号で上書きする【海外の反応】

前回の記事、「射撃は90%がメンタルである」の序文からの続きです。

「プレッシャーがパフォーマンスを妨げているのだから、プレッシャーを無くすことがパフォーマンス向上に不可欠」という考え方は、理屈にはあっています。ですがメンタル・トレーニング関連の本には、ほとんどの場合共通して、「それは間違いだ」ということが書かれています。プレッシャーは無くせないし、そもそも無くすべきものでもないというのです。

練習で、気楽に撃ってるときには凄い良いスコアが出るのに、本番になって、プレッシャーがかかる状態になると途端にとんでもなく悪い点数を撃ってしまう。プレッシャーのせいで実力を発揮できない。どうやればプレッシャーを無くせるのか、プレッシャーを感じないで済むようにできるのか?

これは自然なものの考え方だと思います。その自然な考え方を否定することがメンタル・マネージメントのの第一歩ということです。今回は、マッチ・プレッシャーというものについて、3人のトップレベル競技者からの所見と、NAVY SEALによる研究について書かれた部分を紹介します。「恐怖」というものが人間の脳の中のどういう部位から生み出されるのか、それを上書きするのにはどういう手段が有効なのかが述べられています。

「射撃は90%はメンタルである」の翻訳一覧
マッチ・プレッシャーに科学で対抗する
「古い脳」からの悪い信号を「新しい脳」からの良い信号で上書きする←いま表示してる記事
マッチ・プレッシャーを拡散させるための、ある一つの簡単な方法
訓練によって自分の脳を作り変えることができる
集中するということは、余計なことを思考から排除するということ
自分で自分の記憶を作り変える方法
その瞬間、世界はスローモーションになる

 

射撃は90%はメンタルである

引用元:SHOOTING SPORTS USA
Chip Lohman著 – 2015年8月5日


●マッチ・プレッシャー

・所見

「上手く撃てているとは思えない状態」のときに限って、しばしば自分のポテンシャルをフルに発揮できたりするものです。

Dr.Judy Tanは2009年11月にSHOOTING SPORTS USAのインタビューでこう述べています。
「私は、『私は上手くやれる』と感じることが、うまくやれる条件なのだということが分かりました」

その一方で、Jock Elliott氏の連載「プレッシャー下でも破綻しない方法」におけるCarl Bernosky氏(ライフルとピストルでの全米チャンピオン)への長時間インタビューでは、彼はこう答えています。
「私は、射撃が難しいと感じたことはこれまでに一度もない」

つまり重要なのは、プレッシャーというものを自分自身でどう認識し、それをどうマネージメントするかを理解することなのだということです。

オリンピック金メダリストのラニー・バッシャム(Lanny Bassham)氏
「プレッシャーはパフォーマンスを低下させる」と言われていますが、嘘です。プレッシャーはパフォーマンスを低下させたりしません。私がプレッシャーについて学んだことは、プレッシャーによる身体的な影響を感じている時、それは確かにそこにあるということです。アドレナリンの急激な動きを感じ、心拍数や血圧が上がります。私はこれまで、多くの射手が足の震えによって極めて高い点数を失うのを見てきました。プレッシャーはスコアを上げたり下げたりすることはありません。しかしあなたの「attitude(態度、心構え、気持ち、姿勢といった意味)」はスコアに大きな影響を及ぼします。attitudeこそが重要なのです。

・NAVY SEALによる「恐怖」に関する研究

我々人類は進化の過程において脳のサイズを倍増させました。脳の重さは5ポンド(約228g)に足りませんが、身体が消費するエネルギーの1/4を消費します。ドレクセル大学のEric Zillmerによれば、脳の構造変化は「何度も増改築を繰り返した古い家」と比較することができます。大元の「家」は単純な構造をした「脳幹」と呼ばれる部分です。「爬虫類の脳」と呼ばれることもあります。この部分は、特に意識せずとも自動で働く機能、例えば体温とか心拍数とか、大きな音がしたときにビクッと反応することだとか、そういったことを司っています。数十万年という(人類の進化においては)早い時期に、小脳という「新しい部屋」が追加されます。これは学習によって獲得される手順の記憶を保存する場所です(この「部屋」については後ほど詳しく説明します)。

この進化が起きたのと同じ時代に、脳幹の近くに「扁桃体(へんとうたい)」という「新しい部屋」が作られたと考えられています。扁桃体は情動を担う部位とされています。情動には恐怖が含まれます。つまり、「良くない緊張」を引き起こす部位は、脳の最古の部分に埋め込まれているということです。どのようにして、このような古代の本能を制御することができるのでしょうか?

NAVY SEALの訓練は神経科学を参考に作られた特殊な技術によって、新兵が戦闘中に直面する極限状況への反応を変化させるのを助けます。この訓練の主な目標は下記のものが含まれます。「目標設定、メンタル・リハーサル、セルフ・トーク、覚醒コントロール」。よく聞くフレーズですか? こういったテーマと同じものは射撃スポーツの世界でも良く見かけますが、それらは神経科学における最新の研究においては違う文脈で使われるものです。

 

訳者注:つまりこのテキストは、「目標設定、メンタル・リハーサル、セルフ・トーク」といったフレーズを聞いたときに「なんだ、それなら知ってるよ。よく聞くフレーズだ」という反応を見せる程度には、メンタル・トレーニングについての基礎知識を既に持っている人々を対象としたものだということです。ちんぷんかんぷんって方は、とりあえず「メンタル・マネージメント―勝つことの秘訣」を購入して読んでいただくか、あるいは当ブログでざっくりと内容紹介してますんでそちらをごらんください。

繰り返される練習を通して、US NAVYの新兵は扁桃体から発せられる「自然な恐怖の信号」への反応を制御する術を身に着けます。練習(繰り返し)は、射撃を妨げる本能的な反応を制御したり抑制したりするのに役立ちます。あるいは、恐怖の信号を「脅威のないもの」とみなし、自然な身体運動の結果として受け入れるのに役立ちます。

SEALのトレーニングは、準備ができていない脳による「Fight or Flight Ararm(戦うか逃げるか反応)」によって引き起こされるパニックを、十分にリハーサルされた選択に置き換えることを目指しています。スモールボア射撃での全米チャンピオンであるErnie Vande Zandeが2011年11月のインタビューで下記のように語っていました。
「高校時代、私にとってプレッシャーとは日常でした。スピーチの授業において私は時にはかなり緊張しましたが、決して毎回ではありません。そうしているうちに、私は準備が十分ではないと思っていた日にはより緊張するということに気づきました。私は、自分の射撃との関連性について考え始めました。それは同じ種類のものでした――つまり、準備が不十分だった時にはより緊張するということです」

 

訳者注:「fight or flight(戦うか逃げるか反応)」というのは日本語Wikiにも項目があります。要は強いストレスにさらされた時に、心拍数が増加したり汗をかいたり身体が震えたりする反応を指すようです。

この学習された行動、すなわち「目標設定による問題解決」は、脳の中の「追加された部屋」の中でも最も新しいものによってもたらされます。それは「前頭葉」と呼ばれる、目の真上に位置するエリアです。熟練した射手の前頭葉から送り出されるシグナルの強さは、脳の最も古い部分から送り出されるシグナルを打ち消すのに十分な強さであることが科学的に解明されています。ただし、前頭葉信号は古代の脳信号よりも遥かに遅いという特徴があります(この点について詳しくは後ほど)。

「セルフ・トーク」は、爬虫類時代の古い脳がもたらす「恐怖」を無効にするのにも役立ちます。ヒストリー・チャンネルが2008年に放送した「The Brain」という番組によると、平均的な人間は自分自身に対して1分間に300~1,000語ものメッセージを語りかけているといいます。もしこれらのメッセージがポジティブなものであれば、前頭葉からの「シグナル」は脳の中心から来るあらゆる恐怖信号をオーバーライトするでしょう。

「覚醒コントロール」のために、Navy SEALのトレーニングは呼吸を重要視しています。長い呼気は体のリラクゼーションプロセスを再現し、脳がより良いパフォーマンスを発揮するためのより多くの酸素を送り出します。私たちのコーチたちが私たちに伝えてきたことをが正しいということが科学によって証明されました――すなわち、ゆっくりとした呼吸は、競技前の神経を拡散させるのに役立つということです。

 


プレッシャーのもととなる「恐怖」を生み出す脳と、繰り返しの練習によって身につけた身体の動き・技術が記録されている脳は、同じ脳でも別の場所にある別の働きをする部位だということが述べられています。その両方を同じ「自分の心」とみなしていると、恐怖を打ち消してプレッシャーに立ち向かうというような発想になるのですが、そうではなく、古い脳の部分が恐怖の信号を発生しているのに対抗し、新しい脳の部分によりポジティブな信号を発生して上書きする、という考え方なのだと私は解釈しました。

このテキストはまだまだ序盤です。この後にはベテラン心理療法士であり熟練した射手でもあるドクターの知見が述べられ、続いて脳の働きと精神のありかたとの関係についての解説に入っていきます。


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池上ヒロシ

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