那須に新しくワイナリーがオープンしたという話題がたまたまTwitterのタイムラインに流れてきて、調べてみたら公共交通機関だけでたどり着くことが不可能ではない場所であることがわかったため、ちょうど締め切りの合間の余裕がある時期を利用して行ってきました。
ワイナリーの名前は那須661ワインヒルズ。オープンしたのは今年(2022年)の7月とのことなので、まだできたてホヤホヤのワイナリーです。場所は、りんどう湖ファミリー牧場のすぐ近くです。
公式サイト(なぜか二つあります)によればグリルレストラン的なものも併設されてるって話でしたが訪れた日は営業していませんでした。ワインの試飲と販売、あとはお土産品が並んでる売店が営業していました。試飲は1,100円、グラス(あとで返却します)を受け取って、並んでる機械から注いで飲みます。
試飲用の機械は6本入りのものが3つ並んでいます。ということは18種類もあるのか?と期待しちゃいますがそんなはずはなく、一番向こうと手前はほぼ内容は同じで実質的には12~5種類くらいってところです。しかもほとんどは「提携している海外メーカーから輸入したワイン(果実酒を含む)」です。独自開発した新品種である「那須のしずく」という葡萄を使った、看板商品に相当する「神座」というワインは1本1万円以上するので試飲には出ておらず、同じく那須のしずくを使ったもっと安めの「MIZUKI」というワインもあるのですがそれは売り切れ。
という次第で、ここで作っているオリジナルのワインは、シャルドネベースの白ワインである「栃木の葡萄・白(この写真でいうと一番左)」と、ベイリーAベースの赤ワイン「栃木の葡萄・赤(写真の真ん中)」の2種類のみ。もっとたくさんの種類があるかと思っていたので、これはちょっと残念……。もう1種類、「木樽熟成」と名前が付いたワインがありますがこれは輸入果汁を自社醸造したものということで、厳密な意味では日本ワインではありません。
この3種類以外は、クランベリーだとかラズベリーだとかマスカットだとかをブレンドしたフルーツワインがいろいろと並んでいます。ここで作っているわけではなく、付き合いがあるニューヨークのメーカーから輸入しているものとのこと。一通り飲んでみましたが、まるでシロップみたいに甘いものばかり。昔の勝沼あたりで国道沿いにたくさんあったお土産ワイン屋に並べてあるのってこんなのばっかりだったなーと……。
試飲マシンはコイン式で、コインを1枚入れてボタンを押すとちょっとだけ瓶の中身がブシュッって出てくるというものです。コインはマシンの横にある箱の中に大量に入っていて「ご自由にお取りください」状態なので実質的に飲み放題です。一枚のコインで出てくるのは10~20mlくらいなので、試飲って感じになるくらいの量を注ごうと思うと4~5回はボタンを押さなければなりません。何度かやってるうちに、「とりあえずコインを5枚手に取って、飲みたいワインの前に行って、あとはコイン入れるボタン押すコイン入れるボタン押すを繰り返す」というパターンが身につくことになります。飲んで美味しいと思えるワインが「栃木の葡萄・赤」「栃木の葡萄・白」「木樽熟成」の3種なので、その3つをひたすらローテーションする形になります。
なにせ帰りのバスの時間まで、4時間ほどここで時間をつぶさないとならないので。
ここまでの道のりですが、まずはJRで「黒田原」という駅まで来ます。宇都宮線で上野から黒磯(途中、宇都宮で乗り換え)」、そこから引き返す形でローカル線に乗って2駅です。
黒田原駅は無人駅でこそないものの、駅のホームから改札までは階段を登って細い渡り廊下を通ってまた階段を降りる必要があります。エレベーターもエスカレーターもありません。バリアフリーからは完全に取り残された感じです。
ただ、駅舎自体はなんかレトロでいい感じです。妙におしゃれなデザインガラスがはまってたりします。
そしてこの駅から、町民バスを使ってワイナリーまですぐ近く(といっても徒歩30分くらいかかります)まで行くことができるわけですが、この町民バスというのが本数が少ないため、必然的に「朝10時のオープンとほぼ同時にワイナリーに到着、14時くらいにワイナリーを出てバスに乗って帰る」というスケジュールになってしまったわけです。計画を立てたときにはもっとワインの種類とかあると思ったので4時間くらい余裕かと思ったのですが、完全に当てが外れました。
ただこのワイナリーの良いところは、のんびりできることです。普通のワイナリーだと試飲する場所ってのは厳密に区切られていて、試飲用にワインを注いだグラスを持ってあちこち出かけるとかもってのほかってところが多いのですが、ここは外のテラスとかにグラス持ったまま出て、そこで売店で買ったおつまみとか広げてプチ飲み会とか始めても怒られません(というか、お店の人に「どうぞそっちのテラス席使ってください、眺めもいいですよ」って勧められたくらいです)。
テラス席からは葡萄畑が見えます。緩やかな南東向きの斜面に垣根栽培で余裕を持って植えられていて、見るだけで「ワイン飲みに来た」な雰囲気に浸れる畑ではあります。写真を撮ったのは朝方で、ときおり雨もぱらつくぐずついた天気だったのですが、この後は雲も晴れて良い天気になりました。
ところで、黒田原駅の眼の前には「せきマート」という、昭和から抜け出してきたみたいな超雰囲気のあるスーパーがあります。おこわおにぎりが絶品でした。ごぼうとニンジンのきんぴらとか、減塩を推奨する世間の流れに完全に背を向けたガッツリした味付けで、これがまた日本製のワインによく合います。
お客さんは来るには来るのですが、基本的には皆さんクルマなので試飲はしないか、しても旦那さんは運転手で試飲するのは奥さんだけとか、若い夫婦に連れられて来た母親だけが試飲するとか(親子三代連れだったりすると「おばあちゃん」ポジですね)ばかりです。なるほど、こういう層を相手にするんだったらシロップみたいに甘いフルーツワインを多種取り揃えるというのは営業的に正解なのかもしれません。
お客さんが来ては帰って来ては帰ってするのを見送りながら何時間もテラス席で飲んだくれてたりすれば、さすがにお店の人にも声をかけられます。いかにも社長って感じの佇まいの初老の男性が声をかけてきました。「どうですか、おいしいですか」。案の定、社長さんでした。室井秀貴さん。「661」というのは「むろい」を数字にしたものだったんですね。
もともとこの近くでガーデンショップを経営していて、バラやベリー類を植えた広い畑を作ろうとしていたところに巨大台風にやられて全滅してしまい(1998年のこと)、しかし次の年の春になってすべてが洗い流された土地からブルーベリーの芽が生えてきたのを見て「これは啓示だ」と感じ、その後ブルーベリー畑を大幅に拡張することになった……みたいなお話を聞きました。
店舗や施設を作るにも、基本的に瓦礫とか廃材とかを集めてきて再利用で建設しているとのこと。「昔は『お前は乞食か』とか笑われたもんだけれど、今じゃサスティナブルとか言って世の中がそっちの流れになってるんだから面白いよねえ」とのこと。
売店のほど近くにある建物。もとは牛舎だったのを流用して醸造所として使っているとのこと。牛舎っぽさをごまかす(?)ためにおしゃれっぽく追加された諸々のアイテムがありますが、たしかによく見るとこれは……。
入り口のガラス越しに中を覗いてみました。醸造タンクは見える範囲では4つくらい?
室井社長との話で何度も出てきたのが、メガソーラーの話でした。
この近辺には耕作放棄地や別荘放棄地(別荘にするつもりで100坪くらいの単位で売り出したが、道路も水道も通じてないところに別荘なんかできるはずもなく、手つかずのままほったらかしにされた場所)が山のようにあるのだが、そこを大企業が買い漁って片っ端からメガソーラーにしてしまっている。せっかくの那須の景勝地が太陽光パネルだらけになってしまった。景観が悪いだけじゃなく、地すべりや洪水などの環境破壊にもなり始めている。なんとかしなければという思いが、果樹園として再開発することだった。
しかし果物を作って売るというだけではとても採算が取れない。かつては酪農も盛んだったが、これもまた先が見えない産業になっている。そこでワイナリーだ。といってもワイン作りのハードルは極めて高く、ワイナリーとしての体裁を整えるだけもかなりのお金がかかってしまった(注:那須塩原はワイン特区になっていて、通常より遥かに小規模でも醸造免許が取れるのですが、それでも決して簡単な道のりってわけじゃないようです)。ワインを作って売るというだけではやっていけない。
――というようなお話を聞くことができました。この「661ワインヒルズ」というのは単に自社醸造しているワインの試飲ができる場所というだけじゃなく、那須の景観を守るため、またそれを楽しみに来てもらえる場であるためというような狙いを持って作られた場所ということのようです。
メガソーラーは、たしかにそこらじゅうにあります。バス停まで歩く道の途中には右も左も延々と太陽光パネルが見渡す限りに拡がっているという、ちょっと異常な光景でした。「このままじゃいけない、なんとかしなければ」って考える人が出てくるのもある意味当然でしょう。
ショップ内で販売されているのは自社醸造のワインの他にも、前述のニューヨークフルーツワインが多種多様の取り揃えです。そして奥の方にはワイン以外のいろんなグッズがあります。キャンプ用品や薪ストーブ関連のグッズや用品、そして全国各地の工芸品なども。以前からほしかった琉球グラスのちょうどいい感じのものがあって買おうかどうしようか相当に悩みました……。
室井社長は、話をした感じではこれまでも相当いろいろと手広くやってきた方のようで、日本各地や世界各地にたくさんのツテがあるのか、ショップ内に並べられているグッズ類はそういった関係のものが多いようです。良く言えば厳選されたセレクションショップですね。悪く言えばとりとめのない雑多グッズショップってことになってしまいますが……。
那須661ワインヒルズはどういうところか? 自社畑で作られた葡萄を使ったこだわりのワインが何種類も飲めて、ワインについての濃ゆい話を醸造家の人と直接話したい、みたいなことを期待していると正直肩透かしになってしまいます。そういうことをしたくて訪れる場所ではないってことは確実に言えます。
ただ、良いところはあります。のんびりできるってことです。渡されたグラスに試飲用ワインを注いで、それをテラスまで持っていって椅子に座って、流れていく雲や遠くに見える那須連山を眺めながら、おつまみと一緒にワインを飲む――なんてことをしても怒られない、というかお店の人がそれを勧めてくれる、そういうワイナリーは他にはちょっとないんじゃないかと思います。
那須661ワインヒルズ(nasu661winehills.com)
那須661ワインヒルズ(nasu661winehills.net)