「射撃は90%がメンタル」の続きです。今回ので終わりになるかと思いましたがそんなことはなく、あともう1回くらい続きます。あと少し、おつきあいください。
前回は「集中」についての話でした。今回は「確信(信念)」についての話です。脳の働きとか能力などを後天的に作り変えることが可能だというのなら、自分自身が確信していること、例えば信念だとか、明確な記憶だとか、そういうものも作り変えることができるのではないか?という話です。
「射撃は90%はメンタルである」の翻訳一覧
マッチ・プレッシャーに科学で対抗する
「古い脳」からの悪い信号を「新しい脳」からの良い信号で上書きする
マッチ・プレッシャーを拡散させるための、ある一つの簡単な方法
訓練によって自分の脳を作り変えることができる
集中するということは、余計なことを思考から排除するということ
自分で自分の記憶を作り変える方法←いま表示してる記事
その瞬間、世界はスローモーションになる
引用元:SHOOTING SPORTS USA
Chip Lohman著 – 2015年8月5日
イエール大学のSteven Novella教授による「あなたの虚偽の心」では、私たちの心が持つ感情に多くの欠陥があり、自己防衛策として最も楽な道を進もうとする傾向がある理由について説明されています。
「大きな感情が起因となって信念が生まれ、その後にその信念を正当化するために理由を後付けするというのが、ヒトの心理というもののデフォルト・モードです」
例として、自分自身がとった行動の理由などを、外部の要因に求める場合が挙げられます。(前頭葉が働くことによってもたらされる)批判的思考さえなければ、深く落ち着いた感情を呼び起こして自尊心を守ることは簡単です。「自分ではなく、何らかの外部的理由のせいで失敗しました」と言うのは、「私は準備ができていませんでした」と認めるよりもずっと楽です。
基本を練習するように、批判的思考は柔軟な心に深く習慣付けることが可能です。「爬虫類の脳」からもたらされる感情を変化させることはできませんが、「管理職である前頭葉」の働きによって、それらの感情に対する反応を変化させることができます。例として、試合前に感じる吐き気を「上手く撃ってはならないという脅し」という弱点としてラベル付けするのではなく、胃の中にある余分なアドレナリンを排出して試合への準備をしているのだと考える、というものがあります。受け入れて下さい。そして、「負けた気持ち」を振り払おうと責め立てるのではなく、私たちの進化した脳を使って、次の試合に向けてしなければならないことを考え、できることから始めましょう。
Tant博士によるコメント
ここに書かれていることは、自分の分野でCBTと呼ばれる認知行動療法の領域にあるものと同じです。セルフ・トークによって、厄介な感情や信念を合理的なものへと意識的に再編成するものです。それは素晴らしいことです……特に純粋にポジティブに保たれている場合には。私は患者に、これは一種の精神衛生養生法であり、良い姿勢を維持するために日常的に行うものだと説明します……例えば歯を毎日磨いたり、十分な睡眠を取るようなものです。豊富な研究は、多くの心理的障害を治療し、多くのタイプのパフォーマンスを向上させる有用性を裏付けています。
競技においても、常に自分自身に対してそれを使用する機会があります。ちょうど昨日のことですが、私は屋内射撃場で「2700マッチ」を撃ちました(訳者注…唐突に出てくる「2700マッチ」、どうやらブルズアイピストル競技の一種のようです。詳しくは後ほど)。屋内の気温は30℃もありましたが、私は20℃程度の気温に対応した服しか持ってきていませんでした。私は自分が長時間の試練の中にいることを分かっていましたが、自分自身に「皆、同じボートに乗っているのだ(状況は同じだ)」と言い聞かせました。さらにそれに加えて、自分自身に「暑いのはむしろ代謝が低い私にとっては有利だ、他の試合でもそうだったじゃないか」「それに、ちょうどこれは(これから暑くなる)屋外イベントへの良い練習になるぞ」と思い出させました。抜群の射撃とは行きませんでしたが、ネガティブな感情に沈むことなく試合を楽しむことができました。
CBT /セルフトークのアプローチは理解しやすく、よく研究されており、アクセスが容易なため、誰でも簡単に始めることができます。その特徴は、望ましくない信念を、それを相殺する信念をインストールしたり、ポジティブな自己陳述を繰り返すことによって抑制するものです。動物や人間に関する研究では、古い(否定的な)学習は、新しい(肯定的な)学習と並んで脳に記録されたままであることが示されています。古い学習はアクティブではないかもしれませんが、その抑圧は一時的なものでしかありません……より肯定的で望ましい思いや考えを定期的に更新しつづけない限りは。(そう、まさに「歯を磨くように」です!)
ところが、ここに新しい(2004年以降の)研究があります。まさに上で説明されている神経可塑性モデルに美しくフィットする研究です。この研究によれば、脳は知っていることを改訂したり、記憶を消去したりすることができます。それも脇にやったり抑制したりするのではなく、完全にです(一時的にという意味ではないということ)。これは「記憶の再構成」と呼ばれているもので、下記の3つのステップによって起こる記憶または信念の「リワイヤ(再配線)」だと言われています。
このプロセスは、行動科学者が「消去(extinction)」と呼んでいる、記憶の真の排除ではない単なる抑圧とは異なるものです。様々な種類の記憶(例えば、手続き的記憶、宣言的記憶、古典恐怖条件付け)において記憶の再構成が起こることが実証されており、あらゆる種類の心理療法に適用されています。Ecker et alの「感情的な脳をアンロックすること(p.26)」にこんな記述があります。
「この文章を書いている時点では、この3段階のプロセスは神経科学によって解き明かされた、『感情的な学習』の根本からの消去を達成することができる唯一の行動プロセスである。そして、記憶を維持しているシナプスをアンロックすることができる、現時点で知られている唯一の可塑性を持った神経の一形態である」
ここに書かれていることが射撃にどう関係してくるのかというと、記憶を再構成する方法について知ることで、射手は自分自身のネガティブな経験を変化させる強力なツールを手に入れるということです。こういう時代にコーチを務めると、得るものがたくさんあります。(記憶を再構成するための)不一致情報や証拠を検索し、メンタルを変えて強化するために、自らの経験を意図的に使用することを妨げるものは何もありません。
個人的な例を挙げましょう。何年か前に「2700マッチ」に出た時のことです。私は早い段階、22口径の「スロー・ファイア・ポジション」で「クロスファイア」して、まだ残りがたくさんあるのに大量失点をしてしまいました。
マッチが終わったかのように、惨めな気持ちになったことを覚えています……が、私は良い認知療法士のように、私は自分自身に対し、もう機械的にでも良いからとにかく食らいついて(ポジティブなセルフ・トーク)、「ベストを尽くす」ということに本腰を入れました(さらなるポジティブなセルフ・トーク)。その日の終わりには、私は45口径での自己ベストを撃ち、順位表の半分あたりで競技を終えました。これは私にとって「なるほど、そういうことか!」と実感できた瞬間でした。クロスファイアしたことによる苦悩(強烈でネガティブな元の経験)は理解しやすく近づきやすいものですが、良いスコアを積み重ねることによってその経験を「矛盾」したものにして不安定にすることで、新しい経験が私の腸に落ち着く(記憶の再構成)ことになったわけです。
「ぜったいに諦めない」
私はそれ以降もクロスファイアしてしまったことはあり、正直に言えば気分のよい経験だったとは言えませんが、それでも私はその「古い敗北した場所」には戻ることはありません。あの日、何かが私を変化させました。その日の始まりにおける自分自身への評価がネガティブであったのに、その日が終わった時の結果はまずまずのものだったという「ミスマッチ」が、「それをやり終えるまで、それは終わりではない」という私自身の信念に実体を与えてくれた……そう信じています。
自分で、意識的に自分自身の記憶を作り変えることができるってのは、やりようによっては「捏造した記憶」を自分で自分自身に植え付けることだって可能だってことになるんじゃないでしょうか。それって考えようによってはちょっと怖いですよね。
以前、「医学都市伝説」ってブログがありました。相当にベテランの精神科の医師によって書かれているもので、インターネット黎明期のころから続いてた息の長いブログでした(最初はブログではなく、テキスト主体のエッセイサイトって体裁でした)。いろいろと興味深い記事もたくさん掲載されていたのですが、6年ほど前に閉鎖されて全部の記事が消去されてしまいました。実にもったいないことです。
その「医学都市伝説」の記事の一つにこんなのがありました。ブログ主さんご自身が大学生だった頃。休みに帰省したらその田舎に美空ひばりが来ていて、古い仲間と一緒に飲み会を開き、そこで歌ってくれた。緑色のドレスがとてもきれいだった……という記憶があるそうです。その話をその場に一緒にいた古い友人にしたところ、怪訝な顔をされて、「確かに美空ひばりがうちの田舎に来て歌ってくれたことはある。緑色のドレスがきれいだったのも良く覚えている。けれど、その場にお前はいなかったぞ」と言われたという話です。
※なにぶん、数年前に一度読んだきりのブログの内容なんで細かい部分に記憶違いはあるかもです
自分が行けなかった場に憧れの歌手が来て歌ってくれた、悔しいとか残念だという気持ちから、どんな感じだったのだろうか、自分がその場にいたらどんな気持ちだっただろうかと何年・何十年もの間繰り返し繰り返し想像しているうちに、その場にいた自分とそれを見ていた自分という「捏造された記憶」がいつのまにか本当の記憶と置き換わってしまったんですね。「人間の記憶、それも『目に浮かぶかのようにハッキリと覚えている記憶』なんてものは、じつのところこんなふうにたやすく捏造されるものだってことです」と、精神科の医師としての知見も添えられていた記憶があります。
この、「昔、医学都市伝説という人気ブログがありました」という私の記憶まで、実は捏造された記憶だったりしたらどうしよう……。
2700マッチというのは、アメリカローカルなブルズアイピストル競技(拳銃を片手撃ちして、同心円状のターゲットを撃つ競技)の一つです。「NRAブルズアイピストル」という基本ルールがありまして、そのアウトドアコース(900点満点)を3巡することを「2700マッチ」と呼んでいるようです。
ブルズアイターゲットってのは(よっぽど変なのでなければ)中心にあたると10点満点ですから、2700マッチってのは270発を撃つマッチってことになります。使う銃の口径は基本的に自由ですが、22口径はトリガープル2ポンド以上、32口径を超えると2ポンド半以上、45口径以上なら3ポンド半以上と、トリガープルでのハンデが与えられているようです。「ほとんどの上位陣は、50ヤードで3インチ以下に集まる能力を持つ45口径の銃を使用している」とのことです。
参考:CUSTER SPORTSMEN’S CLUB