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ワインツーリズムの覚え書き② ~菱山中央醸造~

何年使われてきたのか見当も付かない古い樽。この樽はワインを保存するためのものではなく絞るためのものだ。潰したブドウをこの樽に入れて木の蓋をして上からジャッキで押さえつけることで、樽の隙間から汁が流れ出てきて下の溝に溜まるという仕組み。


日本のワインは長らく「葡萄酒」と呼ばれる質のあまり高くないものが多かった、ということは以前に書いた。ブドウ農家が、生食用としては売り物にならないクズブドウを潰して絞って発酵させて一升瓶に詰めて持ち帰り、「自作できる安上がりな酒」として日本酒の代用とする、そういう文化がブドウの一大産地である勝沼には長い伝統として残っている。酒税法が改正されてそういうやりかたが違法となり、ある程度の規模がないとワイン醸造ができなくなった。そのためタテマエだけ醸造会社を造って複数のブドウ農家で自分のところで造った余りブドウを持ち寄りワインを作るようになった。そうすれば年間の醸造量は酒税法で定める最低数を上回り合法となる。別にそれを流通ルートに載せる必要はない。飲み頃になったらブドウ農家の皆さんは自分の一升瓶を持ってまた醸造所に集まって瓶詰めして持ち帰って、以前のように家で呑んだり親戚に配ったりする、ただそれだけの話だ。

そういう醸造所を「ブロックワイナリー」という。自分で育てたブドウを使って自分でワインを作り、自分で呑む。基本的に市場には出回らない。昔は沢山あったブロックワイナリーだが、今は数件にまで減っているという。流通が発達して安いいろんなお酒が簡単に手に入るようになって、わざわざ手間をかけて自分たちで酒を造る必要がなくなったからだ。しかしそれでもいくつかのブロックワイナリーが残っている。その理由は?

ブロックワイナリーで作られるワインというのは、基本的には「売り物にならないクズブドウを有効利用する」ことで生まれたものだ。当然、ワインとしての質は決して良くない。しかし、ここは日本人の特性なのだろうか、そういう商売にもなんにもならない酒造りにも凝り性を発揮して、「誰にも売らない自分だけの最高のワイン」を作ろうとする人達ってのが現れ始めたのだ。ワイン用のブドウ畑をわざわざ別に作り、入念に選別して最高のブドウを集めて仕込む。そのワインを品評会に出すとか高く売るとか、そんなことは全然考えてない。一銭にもならない。ただ自分が美味い酒を呑みたいというただそれだけのためだ。

そういった「こだわりのブロックワイナリー」の一つが4月のワインツーリズムで訪れた菱山中央醸造だ。「知る人ぞ知る」ワイン醸造所である。ここで作られているワインは市場で販売されることはなく、もちろんスーパーや酒屋に並ぶこともない。呑もうと思ったら、直接訪れて買うしかない。ワイン醸造の専門家が居るわけでもなく、ドイツやらイタリアやらから輸入した最新の機械があるわけでもない。手作りの、見た目はボロっちい機械や道具でブドウを破砕して絞って仕込む。今となっては世界的に見てもこんな古典的なやり方でワインを仕込んでるところなんて、伝統技法の継承を目的としてるとかそういう特別なケースでもないかぎりあり得ないんじゃないだろうか。

「うわ、なにこの古民具」と思わず声を上げてしまったところ、案内してくれていた方が苦笑しながら「いや、それは古民具を展示しているわけではなく…」と説明を始めてくれた。驚くべき事にこれらの木製の機械は現役で使われているものなのだ。右の破砕機は、手動で動かしていた時代のものに手近なモーターを接続することで自動化されている。スイッチがガムテで括り付けてあるあたり手作り感満載というか無理矢理というか…。

 

菱山中央醸造Webサイト「ぶどうばたけ」
その1から読む覚え書きその3へ

池上ヒロシ

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