ここしばらく、リオ五輪10mピストルで大逆転の末に金メダルをゲットしたベトナムのホアン・スワン・ビン選手についてのエントリーが続いています。読んでくれた方からTwitterで「AKで練習していたって人のことですね」ってコメントがつきまして、いやいやそんなわけないだろ、いったいどこソースよそれって思ったら、産経が記事でそんなこと書いてたんですね!
国の窮状はね返し ベトナム初の金メダル エアピストルがなくAK47で練習 こっそり軍から弾借りて 首相「支援する」 -産経ニュース-
http://www.sankei.com/rio2016/news/160819/rio1608190016-n1.html
この記事のコメントにもありますが、ちょっと信ぴょう性って点では怪しい記事です。なにせ記事内にこんなことが書いてあるくらいです。
中国メディアが仏メディアの報道を引用して伝えたところでは、ホアン・シャン・ビンが20代で競技を始めた頃は、競技用エアピストルで練習できず、自動小銃「AK47」(通称カラシニコフ)で練習していたのだという。
あいだに何人挟まってるんだってレベルの伝言ゲームの末に、途中で誰かが誤解したり勝手に付け足したりした内容がそのまま記事タイトルになっちゃったんじゃないでしょうか。言うまでもなく、アサルトライフルであるAKでの射撃練習をいくら行っても、ピストル射撃の練習にはなりません。
ただ、ベトナムで競技射撃をしている人たちが、慢性的な弾薬不足に悩まされているというのはどうやらガチの話らしいです。一般の射撃クラブに所属している民間射手はもちろん、国の代表としてナショナルトレーニングセンターで練習をしている選手ですら、ろくに実射練習ができないなんて話を聞くと、さすがその状況で「オリンピックでメダルをなんとか」なんて夢のまた夢としか思えません。
そんな、「劣悪な環境」ってのが決して言い過ぎじゃないベトナムにおいて競技射撃を頑張ってるみなさんの状況と、そんな彼らにとって「金メダル獲得」というのがどれだけ凄いことであって、そして未来への希望となってくれたのかってことが伝わるニュースを翻訳して紹介してみます。
Vietnam shooter defies ammunition shortage to strike gold at Rio (tuoitrenews)
ホアン・スワン・ビン選手がベトナム初の金メダルを獲得するために克服しなければならなかったのは、自分自身の近視だけではなかった。決して恵まれているとはいえない練習環境もまた、克服しなければならない対象だった。時代遅れの紙標的の使用や、慢性的な弾薬不足といった問題である。
42歳になるベトナム軍大佐は、彼の国が64年間も渇望していたオリンピック金メダルを、2016リオ五輪の開幕早々の日曜日に行われた10mピストルイベントにて獲得した。
ビン選手のメダルは、単に歴史に残るものであるというだけではない。彼のブラジルでの勝利について、より重要なことは、彼は試合の準備のためにまず「弾を探す」必要があり、普段から極めて少ない弾数での練習しかできなかったという点にある。
弾は、射撃というスポーツにおいて不可欠なものである。しかしベトナムは国の代表選手団の練習用としてですら、この数年間、慢性的な弾不足に悩まされていた。射手達は、他の国の代表選手が行っているように、複数のロットからより良いロットの弾を選んで使うどころか、選択の余地なく手に入るものを使うしかない状況にある。
ハノイシューティングチームのヘッドコーチであるグエン・タン・ナムが、トゥオイチェー新聞に語ってくれた。「チームに所属する100人以上もの選手達がこれまでに聞いたことがある銃声の数は、自分自身の年齢よりも少ないだろう」
彼は続けて説明してくれた。「ここには弾はない。しかし彼らは毎日ここに練習しにくる。射手は銃を構えて引き金を引き、『カチン』という音を聞く。それがすべてだ」
時折、チームは幸運にも散弾銃用の弾薬を購入できることがある。本来ならそれは鳥猟に使われるものだが、(クレー射撃の)練習に使うこともできる。コーチによれば、選手たちが競技会に参加が決まったときのみ、彼らには練習用の弾が与えられるという。
「最も悩ましいことといえば、選手たちが弾を使わずに練習するしかないことにより、コーチである我々は彼らの技術レベルや能力を評価することができない(つまり、誰が上手くて誰が下手なのかわからない)ことです」とナム氏は付け加えた。
ナショナルシューティングチームのメンバーである東南アジア大会のメダリストが、匿名を条件としてトゥオイチェー新聞に語った。「競技用の弾は高価なので、ベトナム人の競技射手にとっては弾不足は珍しい問題ではありません。しかし、年間を通してただの一発も練習用弾が代表チームに与えられなかったというのはさすがに前代未聞でした」
その選手は、弾を使っての練習と、使わない練習には、非常に大きな違いがあるということを強調した。
「常に弾を撃たない練習を続けていると、技術が衰えていきます。希望を失うと、トレーニングも早めに切り上げてしまうようになりがちです」
一例として、ハイフォン市の北にあるシューティングチームのメンバーには、月に一人あたり平均して3発の弾しか与えられていない。
「このような貴重な弾を、いったいどのように使用すればよいのか私達にはとても判断できない」と、コーチであるファム・シャオ・ソンは言う。ハイフォンシューティングチームに所属している何人かの選手は、砂を入れたペットボトルを使って練習していた。
ベトナムのトップシューターであるビンとチャン・コック・クオンのおかれた状況は、まだ少しは明るいものである。2016リオ五輪の期間中、ヴィンとクオンはそれぞれ100発の練習用弾を毎日与えられた。
それでもなお、ハノイにあるナショナルトレーニングセンターで練習しているベトナム代表選手は、(すべての国際大会は電子標的が標準となっているにも関わらず)紙標的での練習を余儀なくされている。
「このような練習環境しかない中で、ベトナムがオリンピックメダルをこれまで獲得できていなかったことは驚くべきことではない」と、ベトナムのオリンピック選手団を率いるグエン・ホン・ミンはトゥオイチェー新聞に語った。
「だから、ビンの金メダルは、本当に格別です」
ありとあらゆる形での「超えなければならないハードルの多さ」って点では、我々のように日本で射撃競技をやってる者にとってもそれなりにたいしたもんです。まず最初に銃を所持する段階で有形無形の「そんなスポーツに手を出すのはやめろ」という公権力からの圧力を跳ね返す必要がありますし、所持できたとしてもいきなり輸入が途絶えて弾が手に入りにくくなってしまい所持許可の更新に必要な試合参加回数がクリアできないんじゃないかって事態になったりすることもあります。
法律の関係で若年層では弾を撃つ銃の所持ができないので、レーザー光線を使った精密な射撃シミュレーターを使って練習させ、その中から有望な子どもたちを選抜して低年齢でも銃を撃てる特例として登録して…なんて面倒なやり方をしなきゃならないってのも、射撃競技の普及や底上げには大きなハードルです。
けれど、そんな「厳しい事情」を、この記事内にあるような、弾はめったに撃てない、銃も手に入らない、そんな状況で代表入りを目指して頑張ってる選手達が聞いたら、「なんて羨ましい! 天国のような環境じゃないですか!」って言われちゃうんじゃないでしょうか。