ある程度歴史のあるスポーツならば、時代の変化や技術の発達に対応したルール変更が何度も行われているのは普通のことです。細かい変更だけで大まかなルールはほとんど変わらないものもあれば、昔と今とでは全く別のスポーツといっていいほどに大きなルール変更がされたものもあります。
昔と今と、どの程度同じでどの程度違うのかは、「現在の記録と昔の記録を同じ土俵で比べることができるかどうか?」ということが一つの基準になるかと思います。
50mピストル(フリーピストル)競技は、近代オリンピックが始まって以来、ほとんどルールが変更されることなく続いてきている唯一の射撃競技なのだそうです。
射撃競技みたいな、道具の性能が大きくスコアを左右するスポーツの場合、ルール変更がどうとかいうこと以前に「昔と今とじゃ使ってる道具が違うし」ってことで全く比較にならないのは当たり前……と思いきや、意外とそうとも言い切れないということを実例を挙げて主張する人が、先日からUPしている海外射撃掲示板の「フリーピストルが五輪公式競技から消えるのは本当か?」というトピック内に現れました。最初は半可通が与太話書いてるだけなのかと思われたらしく、諭すような……というか半笑いで「あのね、そうじゃないんだよ」って教えてあげる的なレスが付きましたが、それに対する返答から、半可通どころか「常軌を逸したレベルのピストルマニア」だということが分かってきました。なかなかに面白かったので、その人関連のやりとりだけを抜粋して意訳し、紹介してみたいと思います。
フリーピストルは、唯一変化していない射撃競技だ
引用元:TargetTalk
- 私の記憶が確かならば、フリーピストルは現在、1904年から唯一変化していない射撃競技だ。「ジンはウルマンよりも優れている」と純粋に言うことができるのは、ターゲットが同じで、ピストルも同じだからだ。もし私のスコアが250(600満点中)だったとしても、私はオリンピックに出場した何人かよりも上位にいるんだ、もし今の私が1908~1920年に行けば彼らに勝てるんだと、胸を張って言うことができる。時代を超越したポスタルマッチのようなものだ。
- 私は決してフリーピストルが得意ではないけれども、この競技が好きな理由は、自分自身のスコアと、1900年から現在に至るまでの全ての競技者のスコアを純粋に比較できるからだ。(国籍不明・名前はドイツっぽい)
【訳者注】
ジン……おそらく秦鍾午(チン・ジョンオ=韓国)のこと。2008北京、2012ロンドンの両方で50mピストル金メダル。Photo : Korean Olympic Committee
ウルマン……おそらくTorsten Ullman(スウェーデン)のこと。1936ベルリン五輪で50mピストル金メダル。Photo : Wikimedia Commons
→自分のスコアを昔の選手と「正確に」比べたいというのなら、あなたは彼らが使っていたのと同じピストルで撃つ必要がある。(アメリカ太平洋岸北西部)
→もちろんそのとおりだ。私は「Sauveur(1900五輪、1900-1902ワールドカップで使用された)」、S&Wパーフェクテッドモデル、S&Wラシアン(1896五輪)、「Stecherspanner」、「Tell」、「Hammerli 100シリーズ」、「Hammerli 150/60シリーズ」、「モリーニCM84E」、「Toz35」、そして「1938 WC Zentrum」を所有し、撃った。
【訳者注】
S&Wパーフェクテッドモデル……リボルバーメーカーというイメージが強いS&Wですが、シングルショットの競技ピストルも作っています。写真はサード・モデルがベースの競技用の22LR単発モデル。Photo:
collectorsfirearmsより引用
Stecherspanner……1908年のオリンピックで金メダルを取ったピストルらしい、ということ以外不明。写真は検索したらでてきたもので、おそらく中折式の22口径センターファイアピストルだと思われます。トリガーが2つあるのは、昔ながらのセットトリガーじゃないかと。
Photo :
classictargetpistols.comより引用
フリーピストルのメカニズムが劇的に進化し始めたのは、「Buchel Stecherspanner(1908)」の登場がきっかけだ。「Buchel Tell(1909)」と「Hugo Doll」がそれをコピーしてMP33を開発、ヘンメリーが第二次大戦後にそれを買収し「100」と名前を変更、100シリーズへと続くという流れになる。1970年台、銃身とフォアエンドを分離し(訳者注:いわゆるフローティングバレルのことかな?)、150シリーズが誕生。セットトリガーをエレクトリックトリガーへと置き換えた。モリーニは、世界大会での勝利を目指した「Wang Yifu」がクライアントとなり、1994の世界選手権で初勝利した。
【訳者注】
ヘンメリー150……ようやくここらへんになると、今のフリーピストルとだいたい同じ形っぽいものが登場してきますね。1980年代の世界大会では、このヘンメリー100/150とTOZ 35のどちらかが優勝するという状況が続いていたようです。
写真は
所有者による販売ページから引用。
ヘンメリーとTOZの「2トップ」状態は、モリーニCM84Eの登場により崩れます。21世紀になってからはほぼ金メダルはCM84Eの独占状態になっています。写真は
モリーニ公式サイトより引用。
「Efim Haydurov」はヘンメリーをコピーして「Isch 1」を作り、それは「Toz 35」として量産された。Toz 35は、リオ五輪のプレ大会として開催されたワールドカップで勝利している。この銃は、「Richard Fisher」が1908年の世界選手権で使ったものと同じ型のものだ。Fisherが使った銃のグリップは現在使われているような手を包み込むタイプのものではなかったが、その代わりに(当時のルールにより)Fisherには競技時間の長さというアドバンテージがある。
私は以前「Stecherspanner」を所持していたことがある。サイトが小さくて撃つのが大変だったが、それ以外は全て同じだ。ヘアトリガーを使わずに、あるいはセットトリガーの設定を重くして撃てば、自分自身のスコアを1905世界選手権での「Julien Van Asbroeck」や、1908年の「Paul Van Ashbroeck」、1912年の「Lane」、1920年の「Frederick」といったオリンピックチャンピオンと比較することができる。私はそれらのフリーピストルを全て所持していたことがある。
- ターゲットは同じ。採点方法も同じ。全く同じなのだ。異なるのは制限時間が多かったり少なかったりすることくらいだ。過去のシューターが60発を撃つのに8~16時間を使えるのが不公平だと? その16時間というのは、チーム全体に与えられた時間なのだ。「16時間」という制限時間は、「射撃場は2日間オープンになっている。あなたはいつでもそこを使用することができる」という意味でしかない。(国籍不明・名前はドイツっぽい)
→大昔のFPと今のFPを撃ち比べて、重量・バランス・サイト・バレル軸と照準線の距離・トリガー、グリップの質感&アングル&エルゴノミクスといった違いに気づかなかったのですか? 全ての50mピストルはそれぞれユニークな感触とクオリティを持っており、初期のFPは今のものとは異なるものだ。
「昔の自動車も今の自動車も同じだ。4つの車輪で走っているじゃないか」と言われてどう思います?
現在のトップシューターにビンテージFPを撃ってもらったスコアは、84Eでのそれよりも落ちることは間違いない。(アメリカ西海岸北西部)
→>「Efim Haydurov」はヘンメリーをコピーして「Isch 1」を作り、それは「Toz 35」として量産された。
それは違います。外観は似てるように見えるかもしれませんが、TOZはヘンメリーのコピーではありません。内部機構は全く異なります(より優れたものになっています)。(ニュージーランド)
- 本当のところを言ってしまえば、1950年代に使われていたフリーピストルは、現在使われているものとたいして変わりがない。メーカーはエレクトリックトリガーという新技術を開発しているが、それが明確に他より有利にしてくれる技術ならば、全ての競技者がそれを使っているはずだ。
なにより、大会で優勝するような人たちが使っている銃が、「箱から出したそのままの状態」であるとはとても思えない。個々の競技者に合わせて入念な調整やフィッティングが行われているはずだ。
そしてこの点については重要なところだが、フリーピストル競技では、過去から現在にいたるまで、ターゲットについては一切の変更がされていない。(ベルギー)
- 22LRは、最初のフリーピストル競技から使われているんですか? ラピッドファイアピストルでリムファイア弾が最初に許可されたのは1924年、センターファイアピストルでは1936年のオリンピックとなっていますが。(オーストラリア)
→それは考え方が逆。22リムファイアは1901年から「常に」フリーピストルで許可されている。1905年頃は、フリーピストルは文字通り「どんな銃を使おうが完全に自由(フリー)」という競技だった(ちなみにその前は「軍用ピストルであればなんでも使用OK」というルールだった)が、ほとんどの競技者は小口径弾を使っていた。小口径弾を使うことによるリコイルの小ささというアドバンテージは、標的に開く穴が大きく採点に有利になるというアドバンテージよりも大きいからだ。競技者はいつでも、最も有利になる選択をするものだ。22口径の弾を使うことが義務となったのが1908年だ。
最初の5~6年は、センターファイア弾のうちもっとも小口径のものを使うのが普通だった。22リムファイアを撃とうなんて人はいなかった――「Staeheli」を除いては。ドイツ人が初期に作った競技用ピストルが、22センターファイア弾を使う仕様になっていたことに注目。22リムファイアを使いはじめるまで、彼らは誰一人として大会で金メダルを獲得できていない。
【訳者注】
Konrad Stäheli……19世紀後半から20世紀初頭にかけて、世界大会の射撃競技で金メダルを取りまくったスイスの選手。個人でのメダルに限定しても、50mピストルで1つ、300メートルライフル(各種競技合計)で20個のメダルを獲得している(金銀銅を合わせると、ピストル5・ライフル37)。
22LRの使用が義務付けとなったのは第二次大戦の後になってからだ。それは(リコイルがより小さな)22ショートが使われるようになったからではなく、22センターファイア弾を使用してルールの抜け穴を突くことを防止するためだったのだ。(国籍不明・名前はドイツっぽい)
この人のはちょっと行き過ぎだとしても、実銃を「コレクション用途」で複数所持して、実際に撃って比べた体験を持ってる人がフツーにそこらへんにいるかいないかってのは、射撃スポーツってものを文化として見た時の奥深さがどれだけあるかってことに繋がるのかもしれないなって思いますね。
今みたいに、「自分の所持する銃はコレだ」って決めたら、ほとんどの場合その選択肢がどれだけ正しかったか正しくなかったかに関わらず、数年間はそれを使い続けないとならない(買い換えてもいいが、けっこうなペナルティーめいたものを課せられる)というのは、道具を使うスポーツとしては(そんな制約がない国に住んでる人と比べた時に)大きなハンデとなってしまう気がします。
結果的に、「トップ選手が使ってるのと同じ銃」以外を選ぶのにかなりの勇気が必要になってしまうわけで……。射撃競技、特にピストルの場合は選択肢がそもそもそれほど多くないから大丈夫といえば大丈夫なんですけれど。
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