宇宙空間で、地上で使う普通の銃を撃つ。SF作品や漫画・小説なんかでは、けっこう良く見かけるシチュエーションだ。現実のことを考えると宇宙空間を舞台に人間同士が銃撃戦をする、なんてことはちょっと考えづらいが、それはいいっこなし。
「宇宙空間」と一言でいうけれど、具体的にどういう環境なのか? 「無重量状態」、「真空」の2つの要素だけ踏まえておけば、たいていの場合はOKじゃなかろうか。機械の安定作動って観点からは、低温・高温が同時に存在するだとか宇宙線の影響だとかも考慮しておきたいところかもしれない。
まずは、「無重量状態」が及ぼす影響から考えてみよう。地上で銃を撃つ時と違って、地面に足をついて踏ん張ることができないから、発射した弾の反作用はそのまま自分の身体に、撃った向きと逆側の運動となって現れる。といっても人間の身体(+宇宙服)の重さは銃弾よりずっと重いから、弾と同じスピードで後退するわけではない。また、身体の重心と射線が重なっていればともかく、普通に構えて撃ったのならば反作用の多くは身体を回転させる形でかかるのではないかと思う。
まあこれも、宇宙船の中だとか表面だとかで、どこかに捕まったり固定したり、磁力靴で張り付いたりすることができるのならば地上で撃つのと対して変わらないわけで。
問題は「真空」の方だ。空気がない(正確に言うと「極めて薄い」)というのは、機械の作動にはけっこう大きな影響が出てくる。
「ああそうだよね、酸素がないと火薬が燃えないからね」
いやいや、それは違う。たとえ空気が無くても火薬は燃える。いや正確な書き方をするならば、火薬そのものに燃焼に必要な酸素は既に含まれているので、空気中の酸素を特に必要としないのだ。実際にロケットで、燃焼が終わったエンジンやら衛星を覆うフェアリングやらを切り離すときには火薬の爆発を使っている。「宇宙空間でも火薬はちゃんと燃える」というなによりもの証拠だ。
真空という環境による影響で一番問題になるのは、金属同士がくっついてしまう「固着」という現象が起きてしまうことだ。空気中では、金属と金属をくっつけた状態で放置しても、普通は勝手にくっついてしまうということはない。間に空気が入って、一種の潤滑油のような役割を果たしてくれるからだ。
しかし真空中ではその空気が存在しない。さらに厄介なことに、本来の意味での潤滑油=オイルも真空中では一瞬で蒸発してしまい、潤滑油としての役割を果たしてくれない。その状態では、バネの力で強く押し付けられた金属部品は、かなりの確率で固着を起こしてしまうと思われる。
たかが「バンドを外す」だけのために、ボルトを火薬で破壊するなんていう豪快なことを行うのは、宇宙空間では容易に金属同士がくっついてしまうため、「モーターを使って留め金を外す」というようなやり方では確実に作動するかどうか微妙になってしまうからだ。「絶対に失敗できない」という事情もあり、確実を期すのならば留め金を火薬でふっ飛ばしてしまえってことになる。
もちろん、ありとあらゆる作動を火薬で行ってるわけではない。宇宙探査機や実験センターでも、普通にモーターでアームを動かす、みたいなことも行われている。ただその場合も、真空中で十分な確実性を持って作動させるための部品の表面処理や可動部の設計、蒸発しない固体ベースの潤滑剤の選定など、数限りないノウハウの積み重ねが設計には反映される。つくばにあるJAXA研究センターには、真空環境での様々な材料特性の変化を調べるための専用の設備があるのだそうな。
話を銃にもどそう。
一般的な銃は、当たり前だけれど真空環境での安定作動など全く考慮されていない。そんなものをいきなり宇宙空間に持ち出して使おうとすれば、ガンオイルは凍りつくか蒸発し、金属部品同士は固着を始めてしまうに違いない。とはいっても、各部品を動かすバネの力も、その設計に設けられた余裕も、一般的な機械製品と比べてもかなり余裕があるものになっているのが銃だ。おそらく、最初の一発、うまくすれば数発くらいは撃てるんじゃないかと思う。……とはいえ、空気のある地上で撃つのと同程度の安定作動は、おそらく無理だろう。高い確率で、早い段階から作動不良を起こすのではないかと思われる。
仮に「宇宙空間における戦闘用の特別仕様の銃」なんてものがあるとしたら、それは別に光線銃みたいなキテレツな形をしたものではなく、地上で使われているのと基本的には同じような形をしているけれど、部品の表面処理だとか使われている潤滑剤などが真空環境に対応したものに変えられただけのもの、というのが最も現実的なものになるんじゃないだろうか。