普通に社会生活を送っている大多数の日本人にとって、日常で目にする機会がある唯一の「拳銃」といえば、おまわりさんが腰に着けている拳銃だろう。私服警官など、一部では自動拳銃(オートマチック)が使用されるようになっているそうだけれど、基本的にはそういった場で目にするのは回転式拳銃(リボルバー)、それも5連発の小型のものがほとんどだ。
「ごっこ遊び」とはいえ、銃撃戦を疑似体験する趣味を持っている身からすると、「え? たった5発? 足りなくね?」と思ってしまう。まあ、サバイバルゲームで使うエアガンは拳銃サイズから100発を超える連続発射が可能だったりするファンタジーなシロモノなので比べちゃいけないって話もあるのだけれど、それにしても装弾数10発を超える自動拳銃が一般的になっている今の時代、その半分以下しかない弾数で、しかも予備の弾すら持っていないというのだから、不安にならないのだろうかと心配に思う人もいるかもしれない。
日本の警察官が、時代遅れになりつつある回転式拳銃を使い続けている理由としてよく挙げられるのが、「回転式拳銃は、自動拳銃に比べて構造が単純で壊れにくいから」というもの。だが、この表現は必ずしも正しくない。まず、回転式拳銃の構造は、決して単純なものだと断言できるようなものではない。小さくて薄いスペースに、強いスプリングの力を受け止めて確実に雷管を叩いて発火するエネルギーを生み出す構造、そして普段の携帯時に確実な安全を確保する構造を詰め込むためには、それなりに精密で複雑な構造が必要だ。
「壊れにくい」というのも疑問を感じる表現だ。別に壊れやすいというわけではないのだが、自動拳銃とくらべて特別に堅牢だったり頑丈だったりするのかというと、特にそういうわけでもない。
もっとも、これが警察官が携帯する銃ではなく、趣味での射撃だとか狩猟なんかに使われる非常識にハイパワーな弾を撃つものだったりすると話は別になる。自動拳銃では構造的に限界があって極端にハイパワーな弾を撃つことはできないのだが、回転式拳銃では自動拳銃ではとても撃てないハイパワーな弾を撃つ製品も数多く存在する。
だが、それは「なぜ、日本の警察官は回転式拳銃を使うのか?」という疑問への回答にはならない。警察官が使う拳銃は「極端にハイパワーな弾」ではなく、対人用として必要なだけの常識的な威力だけを持った一般的な弾だからだ。
回転式拳銃が、自動拳銃に比べて明確に有利な点。それは、「使用方法が単純明快」だというところだろう。
Q.弾が入った銃を持っています。撃つためにはどうしたら良いですか?
A.引き金を引いてください。
Q.引き金を引いても弾がでません。どうしたら良いですか?(不発弾への対処)
A.もう一度、引き金を引いてください。
基本的にはこれだけだ。弾を撃ち尽くした後の再装填とかそこらへんは面倒臭さがあるが、それは予備弾を持ち歩かない警察官には関係のない話。
自動拳銃はどうだろうか? 簡単に書いてみると下記のようになる。
Q.弾が入った銃を持っています。撃つためにはどうしたら良いですか?
A1.薬室に弾が入っているかどうかを確認し、常に把握してください。薬室に弾が入っているかどうかを確認する方法は銃によって異なります。ローディングインジケーターがある銃は、そのインジケーターを確認してください。インジケーターの位置や確認方法は銃によって異なります。薬室上部に小さい穴が開いていて、そこから薬室内に弾が入っているかどうかを目視できるようになっている銃もあります。そういう機構がない場合は、スライドを少しだけ引いて薬室を覗きこむことで確認することもできます。
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A2.薬室に弾が入っていない場合、初弾を撃つためにはまずスライドをいっぱいに引いて戻し、薬室に弾を送り込む必要があります。あ、もちろん弾倉内には弾が入っていることが前提です。もし弾倉内に弾が入っていない場合、あるいは弾倉自体が差し込まれていない場合は、スライドを引く前に弾が入った弾倉に入れ替えてください。ちなみに2発目からは「スライドを引いて戻す作業」は自動で行われるので、手動でそれを行う必要はありません。
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A3.安全装置を外してください。安全装置の位置や場所、操作方法は銃によって異なります。言い忘れましたがスライドを引く時には事前に安全装置を外しておく必要がある銃もあります。
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A4.ハンマー、あるいはストライカーがコッキングされているかどうかを確認してください。ハンマーは外部露出型でしたら外から見ればわかります。ストライカーの場合、コッキングインジケーターを確認してください。コッキングインジケーターの位置や確認方法は銃によって異なります。
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A5.ハンマーが起きていない、あるいはストライカーがコッキングされていない場合、何らかの方法でそれをコッキングしてからでないと撃てない銃と、薬室に弾が装填されていればそれらがコッキングされていなくても引き金を引くだけで弾が発射できる銃の2通りがあります。自分の銃がどちらなのかちゃんと把握してください。
Q.引き金を引いても弾がでません。どうしたら良いですか?(不発弾への対処)
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A.スライドを引いて不発弾を排出し、手を離して戻して次の弾を薬室に送り込んでから、再び狙いをつけて引き金を引いてください。
とまあ、こんな具合。どっちが複雑でややこしいかは、一目瞭然というものだろう。
銃、つまり「弾を撃つための道具」に必要な機能については、けっこう初期に書いた「ガンマメ」で説明したことがあるが、基本的には下記の2つの条件が揃う必要がある。
回転式拳銃は、1つめの条件は(弾が装填されてさえいれば)常に整った状態になっている。2つめの条件は、普段から銃を腰に下げて持ち運んでいるときには「準備されていない」状態だが、銃の引き金を引き絞る過程で、「引き金を引く指の力」によって自動的に準備が整う形になっている。だから、使用者側としては、自分が携帯しているその銃が、「2つの条件」が整っている状態なのかどうかを全く把握する必要はなく、ただ必要な時に銃をホルスターから出して銃口を撃つべき対象に向けて引き金を引く、ただそれだけを行えば良い。
だが自動拳銃は違う。弾が入った弾倉をセットしただけでは「1」の条件は整わないので、撃つ前にスライドを引いて戻すことで薬室に弾を送り込む必要があるが、携帯する時にその状態にしておくのか、そうではなく薬室は空にした状態で携帯して撃つ必要が生じた時にその操作を行うのかは、組織のポリシーや状況によって異なる……つまり、「どっちなのかは決まっていない」ということになる。「2」の打撃準備ができているかどうか、できていない場合に引き金を引くだけで良いのかそれとも何か別の操作が必要なのかについても、銃によって細かい部分が異なってくるので「必ずそうなっているという決まりはない」。
自動拳銃の使用者には、自分の銃はどういう構造を持ったものなのか、薬室に弾は入っているのかいないのか、ストライカー、あるいはハンマーはどういう状況にあって、どういう操作をすれば打撃準備が整うのかといったことを常に完璧に把握しておく必要がある。薬室に弾が入っていない自動拳銃では、いくら引き金を何度も力いっぱい引いても決して弾が発射されることはない。
競技や狩猟といったスポーツ用途で銃を使う場合なら、それでも良いだろう。「銃を撃つこと」だけに集中できるからだ。だが、警察官が日常の業務、道案内をしたり、不審者に職務質問をしたり、駐車場内で車をぶつけたと呼び出されては急いでかけつけて調書を作ったり、酔っぱらいに絡まれたりと、神経を使う様々なことを行いながら、それでも常に腰に下げた銃がどういう状況なのかを把握し続けなければならないというのは、とんでもない負担になる――いや、正直に言えば、「そんなことできるわけがないだろう」というレベルの話になるんじゃなだろうか。
自動拳銃の、回転式拳銃に比べた時の利点は、なんといっても装弾数の多さと、弾を撃ち尽くした後の再装填のやりやすさに尽きるだろう。要は「弾がいっぱい撃てる」というのが利点ということだ。幅が薄くなり携帯に便利というのも利点の一つとして挙げられるが、これは6連発の大型の回転式拳銃と比べたときの話で、日本の警察官が持っている5連発のニューナンブと比べればそれほど大きな利点というほどでもない。
犯罪者が普通に銃を持っていて、警察官と犯罪者集団による銃撃戦が頻繁にあちこちで発生するような世の中になったら、「警官の銃が5連発というのは心もとない。もっと装弾数を増やすべきではないか」という議論が具体性を持って行われるようになるだろう。そうなれば、回転式拳銃の多くの利点よりも、装弾数が多い自動拳銃が警察官用の標準装備となる日が来るかもしれない。取り扱いが面倒になって警察官の負担が増えることになっても、それを上回る利点があると判断されればの話だ。
だが、少なくても現時点では日本はそういう社会にはなっていない。「銃のようなもの」を持った人物がどこかに立てこもり、報道カメラがずらっと並んで情勢を逐一実況中継するようなことはおおむね年に一回くらいのペースで発生してはいるけれど、幸いなことに激しい銃撃戦になって警察官が撃ち負けて犠牲者が大勢出る、みたいな事態は今のところ発生していない。なら、多大なコストをかけて自動拳銃に更新する必要性も、それほど大きくはないと判断するのが妥当だろう。
なんといっても、もし警察官の標準装備が自動拳銃になったら、絶対に事故が起こる。これはもう賭けてもいい。それも、今までのように、「壁に穴を開けてしまった」みたいなあまり重大でない事故ではなく、自分の足を撃ってしまった、同僚を撃ってしまったといった、「絶対に起こってはいけない事故」が年に数件ペースでは発生してしまうに違いない。全国に数万人もいるという警察官の全てが、銃を完璧に正しい扱い方を間違えずに行い、完璧に事故を起こさないまま運用し続けることが可能だとは、悪いけれどとてもじゃないが思えないからだ。
年に数件の「暴発事故による犠牲」を許容しなければならないほどに、警察官が携帯する拳銃の装弾数を増やさなければならないような社会には、できればなってほしくはない。