Categories: 実銃射撃

デジタルスポーツピストルの致命的欠陥

多くの人は、トリガーを引いたらその瞬間に弾が銃口から飛び出すものだと思っていることと思う。ほとんどの場合、その認識でそれほど問題にはならない。しかし競技射撃の世界となるとちょっと厳密な話をする必要がある。射手が「今、トリガーを引くべき瞬間だ」と判断してトリガーを引き、それからいろいろなプロセスを経て銃口から弾が飛び出すまでの僅かな時間、銃を「トリガーを引くべき瞬間」のまま留めておかなければならない。精密な射撃を行おうとする場合、その僅かな時間が大きな影響を及ぼす。

トリガーを引いてから弾が出るまでの時間を「ロックタイム」と呼ぶことが多い。実はこの表現は正しくない、が広く使われているので「広義のロックタイム」と呼んでも構わないかもしれない。正しい意味でのロックタイムとは、「トリガーを引いてから、ファイアリングピンがプライマーを叩くまでの時間」を指す。銃のスペックとして記載される「ロックタイム(locktime)」は、この数字を計測したものである。空気銃の場合は固有名詞が若干変わるが大きな違いは無い。

その後、プライマーが爆発しパウダーに火が付き弾が薬莢から外れて銃身内で加速し銃口から飛び出すまでの時間は、多くの場合あまり問題にはされない。銃の機構には関係の無い部分、つまり同じ弾を使う限りは基本的には同一で気にしても無駄な部分だからだ。この時間についた正しい名前があるとは聞いたことがない、ただ便宜的に「バレルタイム」という名前で呼ぶことにする。分かり易く図に描くと下記のようになる。

※イラストに使われているのが競技銃とはかけはなれた形をしていることについては見逃して欲しい。たまたま手元にあった「銃を片手で構えてトリガーを引いている図」というのがこれしかなかったので・・・


トリガーを引いてから弾が銃口から飛び出るまでの時間は、つまりこの二つの時間を足した数字、「ロックタイム+バレルタイム」になる。バレルタイムは基本的にどうしようもないが、ロックタイムは銃の機構の工夫で短くすることが出来る(また、長くすることもできる)。より精度の高い銃を作ろうとするとき、ロックタイムの短縮は重要な課題の一つとなる。おおむね、大口径ライフルの場合は10ms(ミリセカンド。1msは1秒の千分の一)前後、小口径ライフルや空気銃の場合は5~8msが「高精度ライフル」と見なせる目安となっているようだ。なぜ大口径ライフルの方が長いのか? それは、より強い力でプライマーを叩く必要があり、ファイアリングピンが大きく重くストロークを長くしなければならないのが理由だ。

実際に弾を撃つ銃の場合は、ロックタイムはなんとかして少しでも短くしようとたゆまぬ努力が続けられているが、容易にそれをゼロにできる射撃がある。かつて存在したビームライフル/ビームピストルがそうだ。トリガーがそのまま電気スイッチになっており、銃口からフラッシュ光を発してターゲットを照らし、その照らされた光の中心位置をアナログ回路によって検知してそれを「着弾位置」として表示するというシステムを持った、非実弾系の射撃競技用銃である。電子回路だからロックタイムもバレルタイムも(完璧にというわけではないにしろ機械的な物と比べれば)ゼロ、まさに「トリガーを引いたその瞬間に弾が出る」という理想の銃を実現できる。だが、実際にやってみるとこれが上手くなかった。良い射手というのはロックタイムを射撃プロセスに組み込んでおり、無意識のうちにトリガーを引いてから僅かな時間後に銃口が理想の位置に来るように調整して射撃を行っているため、ロックタイムがゼロだと感覚的に「トリガーを引く前に弾が出てしまう」という現象が起きてしまったのだ。

そのため、ビームライフルでは電子的にフラッシュが光るタイミングを遅らせる措置をとった。(参考:ファーイーストガンセールスの築地さんコラム)その時間は、どういった経緯であるのかは知らないが60msと決まった。ここで注意しておかなければならないのは、この60msという数字はロックタイムとバレルタイムの両方を足した数字であるということだ。

さて時代は過ぎ、より先進的なシステムであるデジタル射撃が登場する。これも光を使った非実弾系の射撃競技システムなので、トリガーを引いたその瞬間ではなく、そこから僅かな時間だけ遅れた瞬間に「今、弾が撃たれた」と機械が判断するシステムでなければならない。その時間として、デジタル射撃はビームと同じ「60ms」という数字をそのまま継承した。

これは、大きな間違いである。なぜなら、デジタル射撃とビームは、その機構に大きな違いがあるからである。ビームライフル/ピストルは、前述の通りトリガーがそのまま電気スイッチとなっていた。それが「トリガーの感触が実銃とまるで違う」という欠点になっていた。そのためデジタル射撃では、トリガー周りのシステムは実銃のものをそのまま使っている。実銃と全く同じく、トリガーを引くことによりシアが外れてファイアリングピンがスプリングの力で動きバルブ(がある場所)を叩く、その叩いた振動をセンサーによって感知し、「今、トリガーが引かれた」と機械側が判断するというシステムになっているのである。

そう、ビームライフル/ピストルでは、機械に「トリガーが引かれた瞬間」として伝わるのは、文字通りトリガーが引かれたその瞬間なのに対し、デジタル射撃ではトリガーを引いてからロックタイムに相当する時間が経過した後の瞬間なのである。図に描くと下記のようになる。



実は、ビームライフルにおいて設定されていた遅延時間も、「60msは長すぎる」という批判はあったようだ。実際はエアライフルでももっと短い、スモールボアライフルならさらに短い。そしてなにより、銃身が短いピストルは、さらに短いのである。


ビームライフル:60ms
エアライフル:10ms + 21ms = 31ms
(初速を140m/s、バレル長1mとしてバレル長分を飛ぶ時間を3倍)
スモールボアライフル:10ms + 9ms = 19ms
(初速を330m/s、バレル長1mとしてバレル長分を飛ぶ時間を3倍)
エアピストル:10ms + 5ms = 15ms
(初速を140m/s、バレル長20cmとしてバレル長分を飛ぶ時間を3倍)
デジタルスポーツピストル:10ms + 60ms = 70ms

ここで空気銃のロックタイム、バレルタイムの計算に使っている数字は、意図的に予想されるよりも時間が長めに計算されるように補正したものを使っている。つまり、どう転んでも本当はこれよりもっと短い筈、と断言できるだけのやりかたで計算した結果が、これである。

デジタルピストルとエアピストルの比較が最も顕著だ。4.7倍もの開きがある。エアピストルならばとっくに銃口から弾が飛び出し、そろそろ的に当たろうかというくらいの頃の銃口の位置をデジタルピストルでは計測し、「今、弾が出た瞬間である」と表示するのである。

これは、致命的な欠陥といっていい。

「そんなことはない。正しく銃を構えて、正しくフォロースルーを取れていれば、ロックタイムが長くたってちゃんと狙った場所に当たるはずだ。実際、トップ射手はそうしてちゃんと当てている」という反論があるかも知れない。私はその考えは間違っていると強く主張したい。このロックタイム(バレルタイム)の異常な長さは、デジタルピストルを、エアピストルとは全く異なる射撃感覚を射手に与える、全く別物の射撃スポーツとしてしまっているからだ。デジタル射撃は、法規制が厳しい日本において「多くの人たちに射撃の面白さを知ってもらい、射撃競技に参加してもらう」ために作られたものだった筈だ。実銃を所持し、それを撃つにはいろいろと制限があるけれど、デジタル射撃を使えば実銃と全く同じ射撃スポーツを、面倒な手続き無しで楽しめる、それが存在意義だった筈ではないのか。デジタル射撃が実銃とは全く異なる別のスポーツになってしまっては、その目的が果たせないではないか。

私は、デジタルピストルで設定されている遅延時間の設定を、エアピストルのそれと同一になるように設定しなおすことを、デジタル射撃を総括する日本ライフル射撃協会に対し、強く要請する。それがデジタル射撃のさらなる普及、ひいてはピストル射撃全体の普及へと繋がると強く信じているからだ。

※当エントリーと同一の内容を、ライフル協会宛にも送ってあります。レスポンスがあった場合は逐次当ブログにて報告していくつもりです。

池上ヒロシ

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