銃は、鉄で作られるもの。……というのが「常識」だった時代も、今ではもう過去のものとなりつつある。とはいえ、銃身などの基本的な構造部分では今でも鉄がメインの素材であることには変わりない。
鉄は、機械製品の素材として実に優れた特性を持っている。豊富に存在していて手に入りやすく価格が安く、強靭で加工がしやすく、熱処理によって特性を様々に変化させることができる。鉄は、銃に限らずありとあらゆる機械製品の材料として使われてきた。人類の歴史は鉄とともに歩んできたといっても過言ではない。
弱点も、いくつかある。その一つが錆びやすいことだ。水分や空気に触れるとたやすく酸化し、時間が経つにつれてボロボロになってしまう。機械製品ならば、場所によってはわずかな錆だけでも大きくその機能が損なわれ、場合によっては使用者にとって危険な状態にもなってしまう。だから機械製品に使われる鉄は、かならず何らかの方法で錆を防ぐための処理がなされている。
鉄の防錆処理方法として、長い間一般的に使われてきたのが黒染め処理である。鉄の錆は内部に侵食しやすい赤錆と、安定していてそれ以上は侵食しない黒錆の2種類に大きく分類される(実際はもっと複雑なのだけれど割愛)。黒染め処理とは、アルカリ性の液体を使って鉄の表面にごく薄い黒錆の膜を作ってやることで、それ以上の錆が生じないようにするものだ。
黒染め処理は、寸法の変化がほとんどないこと、多孔質のためオイル馴染みが良いので、擦れて動く機械部品に適していること、事前に材料表面を良く磨いておいてやると深みのある美しい色合い(ブルーイングと呼ばれる)になることなど、多くの利点がある。その一方で、常に油で手入れをしておかないと防錆能力が落ちてしまうなどの欠点もある。
現在では、リン酸を使ってより強固な皮膜を作る「パーカライジング」や、テフロンなどの低摩擦素材を材料表面に付着させて半永久的な潤滑を行うものなど、より高機能で高耐久の表面処理が存在するため、黒染め処理の利点は見た目の美しさくらいしか残っていない。実際に軍や警察用などの実用銃では、日常の手入れに気を使わなければならない黒染め処理はあまり見かけない存在になりつつある。
それでもスポーツ射撃や狩猟用の銃の世界では根強い人気があるようで、いかにも高級そうな木製ストックに深い青色をした銃身が取り付けられた散弾銃などは、銃砲店のショーケース内で見ることができる。