Categories: 射撃のコツ

メンタル・マネージメントの本

ラニー・バッシャム
メンタル・マネージメント
勝つことの秘訣

言ってしまえば、世間に山のように存在する「自己啓発本」の一つだ。自分の意識や「ものの考え方」をコントロールすることによって、仕事で成功してお金儲けしたり、学校の成績を上げたり、良い人と結婚できたりするよと呼びかけるもの。その手の本はたいていがカルト宗教めいた怪しい雰囲気があるものだが、この本もご多分に漏れない。冒頭からいきなり、共同執筆者がアムウェイ商法で成功した話なんかが展開されてるし。

普通だったらこんなアヤシゲな内容満載の、薄くて小さくてやたらと高い本なんか絶対に買ったりしない。こんな本を1,260円(Amazon価格)も出して買ったのはただひとつ、「オリンピックのライフル射撃競技で金メダルを取った人物が著者である」というのが理由だ。実際のところ、この人の提唱するメンタル・マネージメント理論はライフル射撃やお金儲けに限定したものじゃなく、スポーツの分野だけでもけっこうあちこちで引用されているのを見かける。初版の発行は1990年、20年の歳月を経てそれなりに評価されている本だということだ。

マルチ商法の話だとかはバッサリと読み飛ばして、「試合でのプレッシャーを克服するには?」という肝心要の部分にだけ注目して読んでいけば、まあ大丈夫だろう。

この本におけるメンタル・マネージメント理論の骨子は、人間の精神活動は3つに分類されるというもの。

意識……心に思い浮かべたり、考えたりすること。
下意識……練習によって身に付けた技術のこと。
セルフ・イメージ……自分自身が考える「自分らしさ」のこと。

そしてこの3つがバランスよく成り立っていることが、自分自身のパフォーマンスを最大限に発揮させるために必要なことだ、という。そのバランスを取るためには、下記の「10原則」を心がけることが大事だという。

  1. 「意識」の第1原則:「意識」は一度に一つのことしか考えることができない。
  2. 「意識」の第2原則:あなたが何を言うかは、さして問題ではない。重要なのは、あなたが他のひとに何を思い描かせるかである。
  3. 「下意識」の第1原則:すべての精神の力の源は「下意識」の中にある。
  4. 「下意識」の第2原則:「意識」がイメージを描くと、「下意識」の力はそれを実行させる方向にあなたを動かしてしまう。
  5. 「セルフイメージ」の第1原則:「セルフイメージ」と実行行動は常に一致する。自分の行動や成績を変えたかったら、まず「セルフイメージ」を作り変えなければならない。
  6. 「セルフイメージ」の第2原則:あなたは今の「セルフイメージ」を、自分の望む「セルフイメージ」と取り換えることができる。そしてそれにより、自分の行動や成績を永久に変えてしまうことができる。
  7. バランスの原則:「意識」と「下意識」と「セルフイメージ」のバランスがとれてうまく協調していれば、実行することも成果を上げることもやさしい。
  8. 補強の原則:起こることについて考えたり話したり書いたりすればするほど、そのことが起こる確率は大きくなる。
  9. 水準の原則:まわりの水準によって自分の水準が上下する。
  10. 価値の原則:物事のありがたみは支払った価値に比例する。

…とまあ、ここらへんまでは本をそのまま書き写したようなもの。正直な感想を言うと、こういった本にはありがちだけれど、「分かってる人は分かるんだろうが、分からん人にはまるで何を言ってるのか分からん」内容になってしまっている。もっとわかりやすい、身近な言葉で書きなおしてみよう。

意識…これは、要するに「やる気」だ。
下意識…「実力」のことだな。
セルフ・イメージ…つまりは、「自信」のことなんじゃないか?

要は、「やる気」と「実力」と「自信」の3つ、これがうまい具合にバランスが取れて上手く協調している状態を作り出そうというのが、この本で述べられてることのキモだ。いくら練習しても大会になると良い成績が取れないとか、プレッシャーに弱いとかいうのは、そのバランスが取れてないのが理由なのだという。
具体例が挙げられている。やる気ばかりが先行していて、実力も伴っていなければ自信もない。これが「初心者」だ。練習によって実力をつけていき、同時に自信も育っていけば自然とバランスが取れていく。
やる気も実力もあるのに自信がない。いくら練習しても勝てない熟練者がこれにあたる。何らかの理由で自信を喪失してしまっているのが理由だ。自分の実力に見合った自信を持つように改善することが必要だ(どうやれば「自信」が付くのかは後述)。
実力も自信もあるのに、やる気がない例。ただ漫然と練習を繰り返しているが、日々の射撃に意識をしっかりと集中できなくなってしまっている。何らかの方法で「やる気」を呼び戻す必要がある(その方法については後述)。
やる気も実力もないのに自信ばかりがある例。これは単なる自惚れ屋だ。自分は強い、自分は勝てると思い込んでいるが練習を人並み以上に熱心にやってるわけでもないので、当然勝てない。自信を持つのは良いことだが、それはあくまで練習で身に付けた実力による裏付けがあってからの話ということだ。

「やる気」を大きくするためには?

具体的な目標を明確に定める。何を実現させたいのか、いつ実現させたいのか。それもとても実現できそうにない夢のようなものじゃなく、かといって決して謙虚にすぎないものであることが重要だ。そしてその目標をわかりやすく掲げて、できれば他人にも「自分は、これを目標にしている」と表明することだ。

ちょっと前、「エケコ人形」ってのが流行った。欲しい物(に関連した何か)を人形に持たせておくと願いが叶うというおまじないグッズだ。たかが人形に願いを叶える超常の力なんかあるはずないけれど、そういうオカルト的な要素を抜きにしても「目標を常に見えるところに掲示する」という点で、目標実現のためには良い手段だということには違いない。

「実力」を大きくするためには

とにかく練習しかない。この本には、「週に1日の練習は、下手になるだけ。むしろ練習しないより良くないくらいだ。週に2~3日は、下手にはならないが上手くもならない。週に4~5日がちょうどいい。週に6日以上も練習すると燃え尽きてしまう」なんてことが書かれている。それが正しいのかどうかはともかく、スポーツの練習頻度というのはたいていの本に似たような感じのことが書いてあるし、おおむねそのとおりなんだろう。

……とまあ、ここまでは普通も普通、極めて当たり前のことだ。わざわざ本なんか買わなくても誰でも知ってる。

最大の問題は最後の一つだ。

「自信」を大きくするためには

重要と思われることとして、下記の3つが挙げられている。

  1. 良かった時は大いに喜び、悪かったことは忘れろ。

  2. 良い結果が出たときは「これこそが自分らしい結果だ」と思い、悪い結果は忘れるようにする。

  3. 成功した時のことを日頃から思い浮かべるようにする。
    大会に優勝するときのことなどを何回も思い浮かべていつでもイメージできるようにする。
  4. 他人が成功したら、自分のことのように喜んで、大いに褒める。
    人を褒めれば、他人からも褒められるようになる。褒めてもらうと、人は褒められるにふさわしいことをするようになる。自信(セルフ・イメージ)というのは要は「自分自身への評価」だが、他人から自分への高い評価は、当然のことながら自分から自分への高い評価を補強する大きな手助けになる。

この一番最後の、「褒めてもらいたければ、人を褒めろ」ってのが、実のところこの本を通して作者が一番言いたかったことなんじゃないかな……。


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池上ヒロシ

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