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エアガン規制の猶予期間終了・後編

改正銃刀法では、規制値を下回るエアガンは「銃ではないもの」とされるため、銃の所持が禁止されている日本であっても販売したり無許可で所持したりしても法律違反とはならない。以前のエントリ(※エアガンの規制について(1~5)2005年10月)で書いた、「エアガンがオモチャとして成り立つにはどこらへんに線を引くべきかといった微妙な問題」が、明文化された法律によってキッチリと解決されたということなのだが……。

私はこの、規制値以下の製品は「銃ではない」とする考え方そのものに欺瞞を感じてならない。銃刀法の原則が銃の所持を「禁じる」というものである以上、所持できるのは「銃ではない」ものに限られてしまい、となれば玩具は銃ではないとする以外に認める方法がないという事情は理解できる。だが、規制値ギリギリのエアガンは「銃ではない」というのは、客観的に見て正しいと言えるかどうか?

私は、それは歴とした「銃」だと思う。「銃ではなく、玩具である」というのは詭弁だ。取り扱いを誤れば十分に危険なものだ。とはいえ、法律で所持を禁止したり、あるいは所持に公的な許可が必要になったりするほどの危険があるのかと言えば、そんなことはない。危険があるなら禁止せよ、とか許可制にするべきだとか免許を作れとか、そういう意見に与するものだと考えられては困る。確かにそれは「銃」であって「危険」なものだが、社会的コストをかけて許可制にしたり免許制にしたりするほどに危険なものではない。

もっと言えば、私はエアピストルや競技用エアライフルなども同様に考えている。もちろんそれらは紛れもない「銃」であって取り扱いを誤れば危険だが、許可や免許が必要なほどのものではない筈だ。今の日本でそれらをいきなり無許可での所持を可能にしろ、なんてのは無茶な話で非現実的だが、現状の競技用空気銃に対する厳しい規制はあきらかに行き過ぎで、是正していくべきものだ。実際にやってみると実感する。警察や公安委員会に無用な負担をかけているだけで(そのかわり少なからぬ対価を支払ってはいるが)、この煩雑な手続きが本当に社会安全のために寄与しているかと考えると疑問を感じてならない。少なくても住所氏名を届け出る程度の手続きで所持できるようにしても、社会的にはたいした危険性はない筈だ。

とにかく「銃」であれば問答無用で一律禁止、とする前提そのものが間違っている。これが私の考えだ。銃であっても禁止するべき危険なものと、確かに危険だが禁止するほどではないものに分かれる。エアガンはもちろん後者に属するものだ……と、このように考えるべきだ。

エアガンは玩具であって、銃ではない? そんなはずあるか。弾が撃てるんだからそれは銃だ。同時に玩具でもある。つまりそれは「オモチャの銃」だ。単純な話だ。「もしそれが銃であるなら、それはダメだ」という前提から呪縛されているかのように抜け出せないでいるからおかしな話になるのだ。

池上ヒロシ

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