といっても、さすがにこの第5回でひとまずの終わりである。1日目、2日目ともに最終バスまで粘ってあちこちに行ったので、終わり頃はかなりヘロヘロというかベロベロになっていたが、それでもけっこう覚えているものだ。今年のワインツーリズムもそろそろだし、その前には日比谷で山梨ヌーボー祭りもある。美味しい季節の始まりである。
「笛吹ワイン」と「ニュー山梨ワイン醸造」から八代醸造までは、道のりにしてだいたい1.2kmほどある。普通に歩いて20分ほどかかる計算になるのだが、道がまたわかりにくい上に雨まで降りだした。事前にツーリズム参加者に配られた地図はデザイン優先になっていて、正確さやわかりやすさという点では少々不備がある。当日の朝、石和温泉駅前で配っていた詳細地図とにらめっこしながら、曲がり角ごとに間違えていないかどうか確認しながら進む。道を歩いていると、「あれ、そっちじゃないよ」って方向に歩いて行ってしまう人を何度か見かける。
区画整理とかされてなさそうな入り組んだ住宅街の中に目的地はあった。メルヘンな建物だったり、でっかい観光施設だったり、事務所か役所みたいだったりとバラエティ豊かな山梨のワイナリーだが、ここはたとえるなら倉庫みたいだった。というか紛れもなく倉庫だ。
ほとんどは無料試飲だが、500円の有料試飲で提供されていたワインもあった。10年モノのマスカットベイリーAである。マスカットベイリーAは日本独自のぶどう種で、少しガメイ種に似たところがあるワインができあがるのだが、「仕込んで発酵して酒になったらその年のうちに売っちゃう」という一般的な日本のワインの売り方だと、あきらかに熟成度が足りなくて、薄っぺらいつまらない味しかしないばかりか、なんか喉に引っかかるみたいな、鼻につくみたいな嫌な感じ(上手く表現できない)があり、長いこと個人的には「あまり美味しくない」というイメージしか持っていなかった。
けれど、ワインのツアーに参加したとき、案内人の方に「それは違う、ちゃんと熟成させればかなりレベルが高いワインになる」と熱弁され、さらには本来は予定になかった試飲用ワインとしてレベルの高いマスカットベイリーAを提供していただけるに至って考えが変わった。ちゃんと作ったマスカットベイリーAは、ちゃんと美味しいワインになるのだ。
八代醸造のマスカットベイリーAは、その「ちゃんと作った美味しいワイン」である。マスカットベイリーAの嫌な感じが全く無くて、ヨーロッパ系の凄い良いワインに似た雰囲気がある。とくにこの10年モノはすごい。ボトルで3000円という値段は格安といっていい。商魂たくましいワイナリーだったら4000~7000円くらいの値段はつけるだろう。なんでもこれ、ほとんど偶然の産物に近いのだとか。なんでも、「冷蔵庫の中にほったらかしになっていた、たまたま見つかったヤツ」だとか。この言葉がどこまで本当なのかは分からないが、とりあえず今年は1999年モノが発売されたが、来年になったら2000年モノが出てくるかといったら、そうとは限らないとの話。
このワインの名前は「シャトー・モンターニュ」。フランス語で「山の城」という意味。「山の城」→「やまのしろ」→「やましろ」→「八代」という語呂合わせである。なんでも、本家フランスでは「シャトー」の名前をワインにつけるってのは恐れ多いことというか、ごく一部の限られた醸造所にしか認められていない特別な権利だったりするので、この名前についても文句を言われたのだが、「『やつしろ』は8世紀、奈良時代からこの地域を指す名前として使われてきた(参考リンク)。もともとの名前に『城』が入っているからシャトーと名乗っている。なにか文句があるなら言ってみろ」と開き直り認めさせたのだとか。これもどこまで本当なのだか。
一言で表現すると、「オシャレなワイン施設」だ。前回紹介した笛吹ワインが「家族で行くのにおすすめ」だとすると、こっちは「彼女と来るのにおすすめ」ってことになるのだろうか。まるで何かのテーマパークか結婚式場かと思ってしまうくらいにオシャレな建物が並んでいる。と思ったら、本当に結婚式をやっている。チャペルやブティックを併設しているとのことだ。ワイナリーを中心としたオシャレテーマパークって位置づけの施設、と考えておくと間違いないだろう。
ただワイン好きとしてはオシャレ施設には興味はない。まずは試飲ができる場所へと直行だ。
ここは、ピノ・ノワールを自社畑で育ててワインにしている。ピノ・ノワールは、極めて栽培が難しいぶどう品種と言われている。ワインに適した環境であるヨーロッパにおいても、「育てやすいカベルネ、一歩間違えると全滅するピノ」という文脈で語られることが多い。
超頑張ってそのピノ・ノワールを育ててワインにしている……というのが、このワイナリーが胸を張って自慢しているところだ。実際に作られたワインも、ピノの特徴がよく出た香り高いワインに仕上がっている……が、いかんせん、値段が高い。5000円を余裕でオーバーする。同じピノ・ノワールでも、チリのコノスルなんかだと出来も決して悪くないものが1000円ちょっと、いや下手すると1000円を切る値段で、そこらじゅうの酒屋に並んでいる。まあ、これはコノスルの値段が驚異的に安いからなんだけれど。
ここのピノ・ノワールの値段は、「よくぞ、日本でピノ・ノワールを育ててくれた!」というご祝儀価格みたいなものだと割り切らないと、とてもじゃないが買えない。なんというか、お金持ちが芸術家のパトロンになるみたいな感覚に近いかもしれない。実際、ここで出会ったワイン好きの一人と話をしていたら、その人が実は「ものすごいお金持ち」だということが判明したりした。いわゆるお金を使っても使っても使い切れない資産家ってやつである。取り巻きみたいな人も大勢いる。そういう人種の人たちがお得意様になってるワイナリーってことなんだろうか。
最後に立ち寄ろうとしたのだが、バスの乗り換え時間の関係で、本当に立ち寄っただけで試飲の一杯もすることもできなかった。極めて悔いが残る。
悔いが残るのは良いことだ。来年もまた来ようという気になるから。