自分はやっぱり根本のところで「銃好き」らしくて、射撃競技とか見てても試合経過や結果云々よりも使われてる銃の方に目が行ってしまう。近代五種のコンバインドでも、使われ始めたばかりのレーザーピストルの仕組みやら性能やらがやたらと気になった。というわけで今回は、このレーザーピストルについて調べてみたことをまとめてみる。
といっても、あんまり詳しいことは分からなかった。いちおうベースになる規格がBAEシステムズというイギリスの会社によって作られて、その規格に沿った形で「Apeom」、「Eko Aims」、「Shimpower」といったいくつかのメーカーが製品をつくり、今回の五輪に採用されたのは(主に直射日光下での作動の安定性が評価されて)Shimpower製のものになった、というような内容はかろうじて把握できたのだけれど(訂正:Shimpower社が作っているのは銃本体ではなくて標的システムとのこと。銃本体を作っているのは「IQ」というメーカーだそうな。言われてみればこの写真の銃もでっかく「IQ」ってロゴが入ってるね)、具体的な構造とか仕組みとか性能とかが書いてあるところが見つからない――いわゆるカタログページ的なものが見当たらない。
なので、このエントリで書く内容は動画を始めとした幾つかのサイトや、あとは憶測や類推を交えたものになっていることを最初にお断りしておく。
レーザーを使った射撃装置というと、日本のNEC米沢が開発した「デジタルスポーツピストル」があるが、それとこの近代五種用のレーザーピストルはどう違うのか、といったところから見ていきたい。
近代五種のレーザーピストル(以下、単に「レーザーピストル」と記す)も、エアピストルの機構を流用し、一部をレーザーデバイスと交換しているという点では変わらない。だが大きな違いが二つある。まずレーザー照射が「銃を標的に向けてからずっと」ではなく、「トリガーを引いたその直後のごく短い時間」のみになっているという点(パルス照射という言い方をあちこちでしているので間違いないと思う)。そしてもうひとつが、レーザー照射のタイミングが「カチンと音がした時」ではなく、「空気が銃本体から吹き出してきた時」であるという点である。
一番上にあるレーザーピストルの写真を見ると分かるとおり、レーザー照射には本来なら必要などないはずのエアシリンダーが取り付けられたままになっている。レーザーピストルの発射手順は、普通にエアピストルで弾を発射するときと同じように発射準備を整えてトリガーを引き、ストライカーがバルブを叩いてエアが放出されると、そのエアの力によってレーザーデバイスのスイッチがONになり、一瞬だけレーザーが照射されるというもの。実際にはエアが吹き出してから銃口を弾が飛び出すまでのごく短い時間をシミュレートするため、ごく短い時間(動画では6~10msと言っていた)だけディレイがかけられるらしい。
エアピストルを撃った時とできるだけ同じような感覚で撃てるということを目標にするなら、圧縮空気を使うレーザーピストルの方が優れているかもしれない。トリガーを引いてから弾が出る(とされる)までのタイミングなども、よりリアルなものになるだろう。しかし圧縮空気が開放される時の音はけっこう大きいので、レーザーピストルはそれなりに大きな射撃音がするはずだ。これは夜間に部屋の中で練習する時などはネックになるんじゃないだろうか。アピールポイントとして「エアピストルよりもずっと音が小さい」ということが書かれているが、こと静粛性ということなら「カチン」と音がするだけのデジタルスポーツピストルの方がずっと優れているのではないかと思われる。いちいちエアシリンダーに圧縮ガスを充填する手間や費用だってバカにならない。この点でも電池だけで動くデジタルスポーツピストルの方に利点がある。
デザイン。これはもう圧倒的にレーザーピストルの方に軍配が上がるんじゃないだろうか。透明プラスチックを使い、内部の電子部品を外から見えるようにすることで「これは弾を撃つ銃ではなく、電子部品ですよ」ってことが、この競技を全く知らない人でも一目見れば分かるようなデザインになっている。なんかよくわからない円筒がいくつか付いてるだけのデジタルスポーツピストルでは、それがどういう仕組みのどういう道具なのかをいちいち口で説明しないと分かってもらえない。対外的なアピールという点では、これはとても重要なことだと思う。
性能や精度については、これはもう使用目的が違うので一概に比べられない。近代五種での射撃は、直径6cmほどの黒丸に「当たったか、当たらなかったか」だけが判断基準となる。この黒丸は、エアピストルでいうところの7点圏に相当する。エアピストルではその黒丸をさらに4分割して正確にその中に入ったかどうかを判別できることが最低条件、そしてさらにファイナルではさらに10分割(つまり合計で40分割)して精密に測定する必要がある。必要とされる精度が文字通りケタ違いだ。近代五種用のピストルにエアピストル競技に必要なだけの精度は必要ないし、おそらく持っていないだろう。それだけの精度を求めればそれだけコストは跳ね上がるし、もしかしたらシステムを根本的に作りなおす必要だってあるかもしれない。
法律的な問題。レーザーピストルは「銃ではないもの」として日本で普通に購入して所持することができるのかどうか? おそらく、無理なんじゃないだろうか。空気を吹き出すところまでをエアピストルから流用している以上、「これは弾の発射機能を備えた『銃』である」とみなされてしまう可能性が非常に高い。デジタルスポーツピストルが「カチンと音をならす」ところまでのみを流用し、空気を吹き出す部分は使っていないのも、「銃ではないもの」というギリギリの立場を守るための策だ。デジタルスポーツピストルからレーザーデバイスを取り外して「そこらへんで簡単に手に入るもの」と交換しても、弾を発射する機能を復活させるのは難しい、というかまず無理だが、レーザーピストルはおそらくデバイスを取り外して銃身と付け替えるだけで簡単に元に戻せるんじゃないかと思う。そんなものを「銃ではないもの」として誰でも購入して所持できるようにする、なんてことが日本という国で認められるとは、残念ながらちょっと考えづらい。
※訂正…IQ社のレーザーピストルは、2011年ニューモデルから仕様が変更され、レーザーデバイスを外して銃身を付けるだけでは弾が発射できるような構造にはなっておらず、日本国内でも問題なく購入・所持ができるようになったとのこと。日本総代理店であるシースジャパンさんより情報をいただきました)
入手性とかそこらへんについては、日本では法的に入手が難しいとかそこらへんは置いておくとすると、すでにメーカーが製造を止めてしまっていて新品を購入することが事実上不可能になっているデジタルスポーツピストルより、いくつものメーカーが競争して製品開発をしているレーザーピストルの方に軍配が上がる。値段については詳しい情報(というか販売ページみたいなところ)が見つからないので分からないけれど、多分デジタルスポーツピストルよりもずっと安いんじゃなかろうか。もちろん値段については、必要とされる精度がケタ違いであるという点を考慮すればむしろ当たり前のことで、「そもそも比べるのがおかしい」と言われても仕方がない。
総じて見ると、デジタルスポーツピストルは「銃が持てない国で、精密なエアピストル射撃をシミュレートするため」の製品として、レーザーピストルは「近代五種のコンバインド競技でラフな扱いをしても大丈夫なだけの信頼性をもった」製品として、必要とされる条件を最低限のコストで実現するために最適なメカニズムを選択していると考えられる。デジタルスポーツピストルにおいて、レーザーピストルのような「吹き出してくる空気でスイッチが入る機構」なんてものは法的に採用できるはずもないし、レーザーピストルでデジタルスポーツピストルが使っているようなストライカーの衝撃によって作動するスイッチなんか使ってたら、選手が机にたたきつけたその衝撃で作動してしまうに決まっている。それを防ぐために「銃口が標的方向を向いている時だけレーザーが照射され、その時に生じた衝撃のみを撃発としてカウントする」なんてシステムを導入しようとしたらコストが跳ね上がってしまう。そんな面倒なことをするよりは、弾を撃った時と同じエアの噴出によってスイッチが入るという形にしたほうがずっと単純で信頼性に勝る。
おそらく、レーザーピストルのシステムがそのまま、あるいは若干の手直しだけでエアピストル競技に使われるなんてことはないんじゃないかと思う。このシステムは、あくまで近代五種のコンバインドという特殊な用途に使う場合にのみ有効なものだ。
ただ、デザインについてだけは、デジタルスポーツピストルはなんとかならんかったのかなと、レーザーピストルのいかにも「スポーツ用品」な感じのデザインを見ると、つくづく思ってしまうのだが。