ピストル射撃関連の話題を求めて当ブログを訪れてくれる方には、それなりに多い割合でAPSシューターの方もいらっしゃると思います。APS射撃用として大きなシェアを持っているのがAPS-3です。発売からけっこう経ちますが、前世代であるAPS-1グランドマスターや、他社製品であるAP-200やGP-100シリーズと比べると、大会でも練習会でも大多数の射手がAPS-3シリーズを使用しています。
APS-3の射撃メカニズムはメーカーによると「コンプレストエアー」とされています。銃身の下に大きなシリンダーがあり、シリンダー先端に軸がある長いレバーを操作することでシリンダー内(後方)に蓄気を行います。撃つときにはバルブをストライカーで打撃して蓄気したエアを一気に噴出しBB弾を発射します。現時点で、日本製エアガン(玩具銃)として販売されている製品の中には同様のメカニズムを持ったものは存在せず、APS-3独自の機構になっています。
エアガンの機構として一般的なのは、低圧で液化したガスの気化圧を使って撃つ「ガスガン」と、シリンダー内でスプリングを縮ませて後退させたピストンを射撃時に勢いよく前進させて高圧エアを発生させて弾を撃つ「エアコッキング式」、この2種類でほぼ全てになります(電動ガンも作動原理はエアコッキング式と全く同じです)。
実銃の世界――というか競技用や狩猟用のエアガンにも、「ガスガン」「エアコッキング」「コンプレストエアー」とだいたい同じような形の作動方式の銃があります。小型CO2ボンベを内蔵したり大きなCO2ボンベ(緑のボンベ・略してミドボン)から小型タンクに液化CO2を充填、その小型タンクを銃に取り付けて撃ったりするCO2式は「ガスガン」に相当するでしょう。レバー(銃身そのものがレバーを兼ねている場合もあります)を操作して銃内部にあるスプリングを圧縮、トリガーを引くとスプリングの力でピストンが勢いよく前進して高圧エアを発生し弾を発射する「スプリング式(スプリンガーとも呼ばれます)」も、狩猟用としては現在でも広く使われています。そしてAPS-3と同じく、レバーを操作して銃の内部にあるシリンダーに蓄気し、トリガーを引くことでバルブを開放し蓄気したエアで弾を発射する「ポンプ式」があります。
いちおう、私は3種類全ての空気銃を撃ったことがあります。スプリングとポンプ式は(昔は合法だった)貸し銃射撃場にて。CO2式は過去に所持していたハンドライフルです。
CO2式はミドボンの取り扱いや充填にそれほど大きな費用がかからない上に法律的な制約も少なく(なにせ、そこらへんの飲み屋にも生ビールサーバー用として普通に転がってる一般的なシロモノですから)、意外に維持しやすかったのですが、気温による圧力変化の問題などがあり競技銃用としては現在は廃れた方式になっています。スプリング式は射撃時に勢いよく前進するピストンが銃を振動させ命中精度に悪影響を及ぼすため、競技用としてはもともとあまり適した機構とはいえません。銃身および機関部を射撃時にまるごと後退させることでピストンの前進による影響を打ち消す仕組みのスプリング式競技銃もあり大ヒット製品となりましたが、今となっては過去の製品となってしまっています。
ポンプ式は気温による弾速変化も射撃時の大きな振動もないため、私が競技射撃を始めた頃にはエアライフル用としては「最も優れた最新の作動方式」とされていました。右手一本で銃を支えて撃たなければならないピストル射撃においては、一発撃つたびにレバーを操作しなければならないことが疲労の原因となり、スコアに与える悪影響が無視できないほど大きいという理由であまり一般的ではなく、ピストルは当時はCO2式が主流となっていました。
その後、タンク内に液化CO2ではなく超高圧の空気を詰め込むことで100発超の発射を可能にした「プリチャージ式」が登場、射撃時に大きなレバーをよっこらせと操作する必要がないため姿勢の崩れに繋がりにくいということで、競技用エアライフルはあっというまにプリチャージ全盛となり、それに伴いエアピストルも銃砲店で販売される製品のほぼ全てはプリチャージになり、現在に続いています。
そんな具合で、日本においてはあまり一般的な存在ではなかったポンプ式のエアピストルというニッチなジャンルの製品が、「誰でもが所持できるエアガン」として製品化されヒット作となっているというのは、なかなかに感慨深いものがあります。エアガン用であればパワーが小さいですから蓄気しなければならないエネルギーも少なく、レバー操作に必要になる体力もそれほど大きなものでなくて済むという理由から、ポンプ式エアピストルの最大の欠点である「レバー操作で疲れてしまってスコアが伸びない」というところもあまり問題にはなりません。エアガン用としては全く前例がない機構の銃を製品化するにあたっては苦労も多かったと思われます。たくさんのハードルを乗り越えてAPS-3を世に出してくれたマルゼンさんには頭が下がると同時に大きな感謝を表明します。
さて、実銃の世界にはポンプ式エアピストルは存在しなかったのかというと、そんなことはありません。推薦維持の関係で「どんな犠牲(具体的にはお金)を払ってでも可能な限り高得点を撃たなければ」という切実な理由がある日本とは違い、お気軽なスポーツとしてエアピストル射撃が楽しめる国では、CO2やスクーバ・ダイビング用の大型親ボンベを用意したり練習ごとに重労働であるエア充填作業を行ったりしなくてもいい、銃単体とあとは弾さえあればいくらでも撃てるポンプ式エアピストルは、その手軽さと気楽さからそれなりに大きな需要がある存在です。
その中でも長い間ベストセラーになっているのが、ロシア製のIZH-46です。「IZZY」なんて愛称で呼ばれることも多いようです。形や操作方法は、一言で表現するならば「APS-3そのまんま」って感じです。発売はもちろんIZH-46の方が早い(Wikipediaによると、初期型の発売開始は1989年とのこと)ので、もしかしたらAPS-3のデザインや設計にもいくばくかの影響を与えているかもしれません。1996年には若干のマイナーバージョンアップがあってIZH-46Mという名前に変わっているとのこと。
IZH-46Mは、カナダやアメリカでは300ドルほどで販売されていたといいます。他の競技用エアピストルが余裕で1000~2000ドルするのと比べれば圧倒的な安さです。かなり売れた製品のようで使用者も多く、またオプションパーツ(ドットサイトを取り付けるためのマウントとか)が出ていたり、補修用パーツであるピストンカップやOリングもeBayなどにたくさん出品されています。さらにはトリガーやグリップなどもIZH-46/46M用として「よりどりみどり」に近い形で多数の製品が販売されています。
ところが1990年代にアメリカやカナダが「ロシアからの銃器輸入」をほぼ全面的に禁止としたことに伴い、新規輸入が難しくなったロシア製の銃の価格は高騰をはじめました。当時の銃器雑誌からも、イズマッシュ製のAKライフルの値段がうなぎのぼりに上がっていることに対する海外ライターの嘆きなんかを読み取ることができます。この規制はあからさまに物騒な軍用ライフルだけでなく、平和な競技専用エアピストルにまで及んでおり、IZH-46Mの価格は一気に500ドル以上へと上昇してしまったそうです。
むっちゃ高い本格的な競技用ピストル(それこそオリンピックに出てるような人が使ってるのと同じもの)を買うほどではないけれど、とりあえず弾は前に飛びます的なガラクタではなく、ちゃんと競技射撃ってものができる程度の品質を持ったエアピストルが欲しい――というニーズは、それなりに大きなものがあります。これは日本でAPS射撃の普及に取り組んでる方も実感されてることじゃないかと思います。3万円ちかくするAPS-3を「まずそれを買わなければ始められない」みたいな話ではなく、5000円くらい、せめて1万円くらいで入門用の手軽なAPS競技ピストルが手に入るようになれば、どれだけ普及の後押しになることでしょう。そういう役割をIZZYは担ってきてくれたのでしょう。
ピストル射撃競技の普及に役立っていた(かもしれない)IZH-46、今では本当に北米で入手するのは難しくなっているのでしょうか? GoogleでIZH-46Mが販売されているところはないかと検索してみると、Google先生は「AV-46M」という銃の販売サイトを提示してくれます。写真を見る限り、ほぼIZH-46Mと瓜二つです。違うところといったら、仕上げとかグリップの感じとかがちょっとアメリカナイズされているというか、「キレイになってるところ」くらいでしょうか。価格は600~800ドルくらい。昔のIZH-46よりはずっと高いが、今のIZH-46と比べるなら同じか少し高いくらいの価格設定になっています。
これは新型のIZH-46なのか? それとも単なるコピー品なのか? 「PYRAMYDAIR(ピラミッドエア)」という、アメリカ・オハイオ州にある空気銃を中心としたアウトドアスポーツ&ホビーの販売&情報発信サイトの中に専門家によるレビューが掲載されていましたので、次回はその記事から重要そうな情報を引用して紹介してみます。
※結論から書くと、アメリカやカナダでも販売可能なように非軍事メーカーのブランドによる新製品ということにして名前を変えた、そのついでにグリップやバレルもよりよいものにした、その結果値段が上がったもの――ということのようです。