競技用のピストルやライフルのことを、「ヘンテコな形をした銃」とか「不格好で醜い銃」みたいな言い方されることって、それこそ慣れっこになるくらいによくある話です。競技中の射撃姿勢に対して「身体を後ろに反らせたヘンな格好」だとか言われるのもあるあるな話になります。世間一般の方々にとってよく見る「銃」といったら軍とか警察とかが使う対人戦闘用のものがほとんどだし、見る機会がある「射撃姿勢」といったら、TVとか映画とかに登場する人と撃ち合ってるシーンくらいなものでしょうから、競技射撃用の銃や射撃姿勢が奇異に見えてしまうのは、まあしょうがないことです。悪意があって言ってるわけじゃないんだから広い心で言葉を受け止めましょう。
コレって日本特有のものじゃないみたいで、英語でやりとりされてるフォーラムでも似たような話題を時々見ることがあります。なんか「定番質問」みたいな扱いをされてるものがあるみたいで、2014年に超大手BBSである「Reddit」に投稿された質問が、8年越しで射撃専門BBSであるTargetTalkに質問文だけコピペされて再度盛り上がるなんて面白いケースがありました。元ネタであるReddit、つまり「一般人がほとんどの場所」におけるディスカッション内容と、射撃バカしかいないTargetTalkでの内容のギャップがそこそこ面白かったのと、あと時事ネタにも関係してちょっと……いや、かなり安否が心配な人の話題が絡んできたこともあって、両方をまとめて抜粋しながら紹介してみたいと思います。
まずは元ネタであるRedditでのスレッドから。
なぜオリンピックのエアガンシューターは、あんなに妙ちくりんな姿勢で銃を持つのですか?
引用元:Reddit “Why do Olympic air gun shooters grip their guns so awkwardly?”
- たとえばこんな感じです。
フォアエンドを支える手の親指は前に向けなきゃだめじゃないでしょうか。こんな銃の支え方をしてパフォーマンスが向上するのですか? 必要があってこんな持ち方をしてるのですか?(ミノワ・ブン・エンジン)
- 競技用のエアライフル(または実際にはそれ以外のどのライフルでも同じ)を正確に撃つために必要な技術には、「静止している」ということが基本技術になります。立って撃つよりも座って撃つほうが、さらに地面に伏せて撃つほうが、射撃から不確定な要素を減らします。不確定要素が少ないほど、より正確で精密な射撃が可能になります。
例として、プリチャージされたエアライフルでは一発撃つたびに空気タンクの圧力は下がっていきます。射撃に使われる圧力が低いほど弾速は遅くなり、弾はターゲットの下方向に外れる可能性が高くなります。こういった不確定な要素を排除するために、競技用のエアライフルには全てのショットで同じ一定の圧力を維持するエアレギュレーターが備えられています。エアタンクの圧力がレギュレーターの入力要件を上回っている限り、出力は一定になります。
写真のような一見特殊に見える銃の保持方法は、排除したい不確定要素の一つである「鼓動による影響」を最小化するために競技射手が採用しているものです。ライフルを手のひらの上に載せると手の血管の脈拍がライフルに移る可能性があります。拳の上は血管の数が少ないため(手のひらと比較した場合)、照準に影響を与える可能性は低くなります。厚いシューティンググローブも役立ちます。
また、射手が非常に安定した前腕の位置を形成できるようにするというボーナス効果もあります。肘は胸郭にしっかりと押し込まれ、前腕はライフルが乗っかるためのほぼ直立した一脚を作成しています。
いずれにせよ、銃を安定させ正確な射撃を行える射撃姿勢を他に見つけることができたのなら、それがどんな姿勢であっても試す価値はあります。もしかしたら、うまくいくかもしれません。(スパイスウィージル)
- 腕を折りたたんで固定するなんてこと可能だとは思えません。私はそんなことに成功したことは一度もありません。呼吸をすれば腕は動くからです。トリガーを引くときに息を止めたくありません。(ウィムパンジー)
- これって、いわゆる「アーティラリー・ホールド」なんですか?(イーストコアスチアン)
訳注:Artillery hold、「大砲式保持」とでも訳すればいいんでしょうか。スプリング式のエアライフルでは、スプリングに押されたピストンが勢いよく前進する際にかなり強い反動が発生し、命中精度に悪影響を及ぼします。その影響を減らすため、銃をしっかりと保持するのではなく、フォアエンドは手のひらの上に軽く載せるだけ、グリップや頬付けも銃が前後に自由に動くようにゆるく接するだけにして撃つテクニックがあるのだそうです。下写真は
「ルイジアナ・スポーツマン」というサイトにある解説ページからの引用です。
- いいえ、この姿勢はスプリング式空気銃の特殊な反動に備えるためのものです。一般的なオフハンドホールドではスプリンガーの反動には対応できません。(マット3D)
- 「アーティラリー・ホールド」はルーズグリップの一種で、射撃時にライフルが自由に動くようにするものです。通常、キックバックや反動はライフルを後退させます。それを抑え込むのではなく自由に後退できるような姿勢を取ることは、アキュラシー向上にはプラス効果があります。
また、こういった競技用のエアライフルにはキックバックも反動もないので、この姿勢は反動による後退に対応するためのものではありません。競技用エアライフルは6ft.lbf(8ジュールほど)しかありません。0.5グラムの鉛弾を発射します。
したがって、本質的にこの射撃姿勢は、立った状態でライフルを安定して保持するための平らなプラットフォームにすぎません。(スパイスウェージル)
- 理由のうち半分はスパイスウェージルがすでに説明してます。もう半分の理由は、これらの銃が恐ろしく重いからです。この射撃姿勢は、クソ重い銃を保持するための簡単な方法なのです。(CK005)
- え、そうなんですか? エアガンは重い銃身を必要としないんだから、軽いものなんだと思ってました。(ミノワ・ブン・エンジン)
- スタビリティ(安定)。理由はそれが全てです。競技シューターは肘を腰に押し込み、人差し指を前に、親指を後ろに向けて手を広げることを好む人もいれば、手のひらの上に銃を載せる人もいます。(ダブルタフ)
- オリンピックの射撃競技は、7.62×51のような大口径の弾を使うべきです。あの場で行われている射撃は、完全に「不自然で、作りものの、気取った」ものに変わってしまっています。フェンシングとサーブルについても同じ問題がありますが、違いはそれらは今は実際に(殺し合いに)使われているものではないということです。(ブノルセン)
- エアライフルを含む様々な銃で競技をしたことがあり、またさまざまな種類のフェンシングを競技として行ったことがある者として言わせてもらいます。オリンピック競技者と同レベルでエアライフルまたは22口径の弾を撃つことができるならば、7.62×51などを撃っても十分以上に高精度の射撃ができると思います。
ではなぜ小口径の銃が競技に使われるのか? .22ライフルと.177ライフルには明確な利点があります。特に、弾も銃も比較的安価で射撃音が静かで、脅威や危険性がはるかに低いと見なされているために所持や購入が簡単なことは大きな利点です。たとえば、ほとんどの親は、7.62×51などのより大きな弾薬よりも、.22または.177で子供が競技射撃を行うことを許可する可能性がはるかに高いでしょう。
フェンシングの例えに関しては、私は本当に同意しますが、エペとサーベルは怪我しにくさと得点とルールの容易さという理由から選ばれたイベントであると理解しています。
たとえば、イタリアのレイピアを使用する2人のコンテストでは、ほとんどの場合、サイドウェポンを組み付けたり使用したりすることが許可されます。これにより、偶然に誰かを重傷を負わせたり殺したりしてしまう危険が排除できなくなる上に、得点や審判もはるかに多くなり、難しくなります。(バルカン・ハンマー)
以上が、8年前に所持Redditで立てられた質問とそれへの回答群です。正直、あまり面白みはない……っていうと言い過ぎですが、よくある射撃知らない勢による誤解があり、それに対するよくわかってないけれど自分は詳しいつもりになってる人(半可通)による見当外れな解説があり、それを見て黙ってられなくなったちゃんと詳しい人によるちゃんとした回答が書き込まれるという、日本のSNSでもよく見られる光景が繰り広げられています。
そしてその8年後(つい先日)に、なぜか全く同じ文面で別のトピックが射撃専門BBSであるTargetTalkに立てられました。よく知らない勢も半可通もいない、ガチ勢ばかりのBBSでこんなトピックを立てたらどういうことになるのでしょう。見ていきましょう……。
引用元:TargetTalk “Why do Olympic air gun shooters grip their guns so awkwardly?”
- 「なぜオリンピックのエアガンシューターは、あんなに妙ちくりんな姿勢で銃を持つのですか?」という質問について。ピストルBBSじゃなくライフルBBSに投稿するべきだったかも?(パイレーツジョン)
- やあ、それはこの人のことでしょうか。(ヴァディム/ウクライナ、ハリコフ)
訳注:撃ってるところをひと目見るだけで誰だかわかる射手ってそれほど多くないとは思うのですが、その中のひとりがこの写真のパブロ・コロスティノフですね。ウクライナを代表するピストルシューターです。先日の2020TOKYOにも10mピストルで出場してファイナルに進み、かなりの得点差を4位・5位につけて3位独走中だったところが、とんでもないミスショットをして脱落して5位決定。ほぼ手中におさめていたも同然だったオリンピックの初メダルを逃してしまうという衝撃の展開になりました。1997年生まれで、この記事執筆時点でまだ24才。年齢的には次の、もしかしたらその次やさらにその次のオリンピックにだって出場できる可能性はあります。
ウクライナは現在緊迫した状況が続いています。軍人にも民間にも犠牲者が数多くでています。有名なサッカー選手や、世界大会にも出場しているバイアスロンの選手が犠牲になったというニュースも流れてきました。
ただ一言……無事でいてほしい。
- かなり独特の射撃フォームですね。まるでライフルを撃つかのようにピストルを撃ち、頬をバットプレートに載せるかのように肩に載せています。試してみませんか。もしかしたら、このフォームがあなたの好みのホールドになるかもしれません。注意点があります――目が斜めではなく、まっすぐ前を向いていることに注目してください。ピストルラインまで目線を下げるのではなく、目線までピストルを上げているのです。(シーマスター)
- 頬で肩を安定させているようです!(スティーブVG)
- これはフリーピストル(装薬ピストル)であり、エアガンではありません。フリーピストルは基本的に小さなライフルですから、このフォームは完全に理にかなっています。おそらくラピッドファイアをこんなフォームで撃とうとしたら問題が生じるでしょう。(TT/アメリカ、マサチューセッツ)
- >ラピッドファイアをこんなフォームで撃とうとしたら問題が生じるでしょう
まあ、本当に?よく見てみましょう。(ヴァディム/ウクライナ、ハリコフ)
訳注:ラピッドもこのフォームで撃ってるのか!? フォームと関係ないが銃に貼り付けられたウエイトの量がえげつないな! 何kgあるんだろう……。
- 射撃姿勢の基本は、骨、軟骨、靭帯に頼ることができれば増えるほど。筋肉と腱が少ないほど良い――というものです。(ウィリアム/アメリカ、ニューハンプシャー州)
- 下の写真は、まるで誰かが彼の体の部分を間違って組み立てたように見えます(パイレーツジョン)
- >まるで誰かが彼の体の部分を間違って組み立てたように見えます
ウクライナのチームの医師たちは、大会のたびに彼の肘を組み立て直しているに違いありません(ウィリアム/アメリカ、ニューハンプシャー州)
- >骨、軟骨、靭帯に頼ることができれば増えるほど。筋肉と腱が少ないほど良い
それは理にかなっています。ですが、彼のように肩を頬まで上げてみると、腕をその高さに保つために多くの筋肉を使わなければならず、緊張が維持されてしまうことがわかります。普通に肩を前方に差し出すよりもはるかに早く疲労してしまいます。腕を上げずに腕を伸ばすと、緊張が大幅に緩和されるようです。(スパーキー)
- 彼と似たような姿勢で撃つアメリカの射撃選手を見たことがあります。信じられないほど厄介で苦痛に見えますが、もし十分に若ければあるいは……。
おそらく45口径では合理的ではないやり方になりそうです。ちゃんとした「ピストル射撃」と、「ネアンデルタール人の石投げ(45での射撃のことをこう言って卑下してるんでしょう)」の両方の射撃をやりたい私たちの場合、妥協する必要があります。(ハイレフト)
やっぱり、世界中の誰が見ても彼の射撃フォームは、「なんだこれ、すげえ!」って思えてしまう特別なものなんですね。ただの奇妙な撃ち方ってだけじゃなく、何年もウクライナの代表として世界大会に出場し続けているという、誰もが文句を言えない結果をしっかり出してるのがまた凄い。マネしようとしてもマネできないオンリーワンな撃ち方をする実力者となれば、名前や顔も覚えるし、世界大会に出てくれば注目もしたくなります。
2020TOKYOではメダル獲得ならずでしたが、ありゃもう運が悪かっただけです。次があれば、それがだめでもその次ならば。生きていてさえくれれば絶対に出てきてくれるはずです。
現在、エジプトのカイロにてISSFワールドカップが開催中です。3月1日にISSFは「現在開催中のWCを含め、ロシアとベラルーシの選手の参加は許可されない」との声明を発表しました。
ロシア主導のISSFは、ウクライナの侵略をめぐってロシア、ベラルーシからの射手を禁止します
Russian-led ISSF bans shooters from Russia, Belarus over Ukraine invasion
国際射撃連盟(ISSF)は、世界的な怒りを引き起こしたウクライナの侵略により、ロシアとベラルーシの選手の参加をすべてのイベントにおいて禁止すると発表しました。この決定は、火曜日からエジプトのカイロで開催されているワールドカップ(ロシアの射手も参加しています)にも適用されます。
「国際オリンピック委員会(IOC)執行委員会のそれぞれの決定とIOC会長との会合の後、ISSFは、ロシア連邦とベラルーシの選手がISSF選手権に参加することを許可されないことを決定した」とISSFは述べた。
「この決定は、2022年3月1日の16.00 CET(8.30pm IST)に発効し、追って通知があるまで有効です」と付け加えました。
発表時にはすでにWCカイロは始まっていたので何人かのロシア選手も国籍欄が空欄のままで参加していましたが、3/2以降に予選が始まる種目についてはスタートリストからロシア選手の名前が消えています。
ただ、ウクライナの選手の名前は、いくら探しても見当たりません。細かい事情はわかりませんが、心配です……。
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