2020TOKYOにおいて、射撃競技のファイナルを見たIOC幹部がこんなことを言った――という話を聞きました。面白いか面白くないか、エキサイティングか退屈か、そういう論点よりはるかに以前のところ、単純に「時間が長い」というだけでダメ出しをされたわけです。ずいぶんとひどい話です。
しかし今の時代のスポーツが、少なくてもオリンピックみたいな大舞台における正式競技として生き残っていこうとするならば、「放送したときの見やすさやハデさ(TV映え)」を意識することからは逃れることはできません。どんなに伝統があり広く普及しているスポーツであっても放送向きでないならば正式競技から外されそうになります(例:レスリング)。逆にそれまで知名度が皆無に等しかったスポーツでも、TV映えを意識して演出を工夫することで花形競技に躍り出ることもあります(例:フェンシング)。
TV映えを求めた改革のせいでそのスポーツの本質的なものが変わってしまう(歪められる)ようなこともあるかもしれません。しかしそれをしなければオリンピックから外されてしまいそうになります。「そもそもこのスポーツは商業化することなんか不可能なんだから、オリンピックなんていうくだらないイベントは無視して、自分たちだけでやっていけばいい」という考えで我が道を行くのも一つの選択肢かもしれませんが、その選択をすることにより失われてしまうであろうものもたくさんあります。
射撃スポーツの大元締めであるISSFは、オリンピックに背を向けて独自の道を行く選択ではなく、オリンピックに迎合しそれが求める「TV映え」をなんとかして高めていくあり方を選択したようです。1月1日に2022年からの新しいルールが発表されましたが、そこには「メダルが決定する瞬間だけでも、TV放映されるような短い時間に凝縮しなければならない」という苦悩がありありと見えるものになっていました。それは逆の見方をすれば、メダルが決定する瞬間以外のありとあらゆる部分については放映される映像に乗ることを諦めたとも言えるやり方ではあるのですが……。
2022年1月1日に発表された10mエアライフルと10mエアピストル各競技のルール変更について(ISSF発表)
キモとなるメダル決定部分以外にもいくつか変更があります。ファイナル関係ないシモジモの射手にも関係する部分がありますので内容を簡単に翻訳しましょう。
※これは公式なものではありません。私の解釈間違いや翻訳ミスがあった場合、ご指摘いただけると助かります。
これまでは「競技開始30分前に射座入り、15分前から試射開始」というルールでしたが、2022年以降は「競技開始20分前に射座入り、15分前から試射開始」となります。射座入りから試射開始までの時間が15分から5分へと大幅に短縮されることになります。
「銃を出してヒモ通して机の上に置いて、弾箱を出して蓋開けて机の上に置いて、あとは人によりますが靴履いてメガネかけて、はい準備完了」なピストル射手であれば5分あれば余裕ですが、射撃コートやズボンを履いてブーツ履いてスタンド立ててと準備する内容がいちいち多い上に精密さも要求されるライフル射手だと、たった5分の準備時間ってのはなかなかに厳しいものになるかもしれません。
これまでは上位8人がファイナル進出し、全員で一斉に撃ち始めましたが、2022年からは「4人ずつの2グループ(リレー1・リレー2と呼びます)」がファイナルに進み、それぞれのリレーの4人だけで撃って上位2名を決める「ファイナル・パート1」をまず行った後、それぞれのリレーの上位2名(4人)で「メダルマッチ」を行うという形になりました。ファイナル開始してから終了するまでに必要な時間は明らかに長くなることが予想されるので「長すぎるので時間を短く」という趣旨からは外れてしまうように見えます――が、これはおそらく前半のパート1はスッパリと放映を諦め、メダルマッチだけでもなんとか放映に乗せてもらおうという企みなんじゃないかと思います。
また、パート1でもメダルマッチでも、順位決定に使われるのは撃った点数の合計ではありません。全員で号令に合わせて1発だけ撃って、同時に撃った4人の中で最も高い点数を撃った人から順番に4・3・2・1ポイントが与えられるというやり方です。10.5を撃っても他の3人が10.7や10.8を撃てば最下位となり1ポイントしか獲得できません。逆に9.0とか撃っちゃっても他の3人が8とか7とか撃てば4ポイント獲得できます(まあ、さすがにこれは期待しちゃダメだとは思いますが)。また、これ重要なところですが、7とか5とか、はては0とか撃っちゃったら、これまでは「はい終了、もうメダルの望みはありません、お疲れさまでした」になっちゃうところが、新ルールだと「4人の中での最下位=1ポイント」にしかならず、まだ望みがつながるというところです。「0点撃っても9点撃っても、同じ最下位なら1ポイント獲得は変わらず」ということになるわけです。
「10.0~10.2を安定して撃ち続ける人」よりも「10.9を狙っていく、たまには大ミスして8点とか撃つ人」のほうが勝つ確率が高くなる、そういう競技になったということですね。これを「射撃というスポーツの本質を歪める、あってはならないルール変更である」と考えるか、「見ていてより面白くなる可能性がある、大胆な改革である」と考えるかは人によって変わってくると思います。正解だったか失敗だったかは、そりゃもうやってみないとわかりません。
それでは、ファイナルのルールや進行手順を少し細かく書いていきましょう。
※撃った点数が小数点まで全く同点だった場合、同点の射手同士でポイントを折半します。1位と2位が同点だった場合は両者に(4+3)/2=3.5ポイント。2位と3位が同点なら両者に(3+2)/2=2.5ポイント、1~3位が全員同点だったら3人全員に(4+3+2)/3=3ポイントが入ります。
※脱落射手決定またはメダル決定時にポイントが並んでいた場合、同点になった射手だけでタイブレークショットを行い、勝敗が決るまで繰り返します。
ついでに号令がかかるタイミングとその意味について。
8分前:ファースト・リレーの4人が呼び出され、アナウンサーにより観客に紹介されます。
「Take your positions」
1分間の準備時間
「Five minutes preparation and sighting time..(5secs)..START」
5分間の試射時間
(30秒前:「30 seconds」)
「STOP」試射時間が終了
「For the first competition shot, LOAD..(5secs)..START」
制限時間50秒で1発撃つ
「STOP」終了
アナウンサーは現時点でのポイント並び状況などについてコメント
「For the next competition shot, LOAD..(5secs)..START」
制限時間50秒で1発撃つ
「STOP」終了
※あとは繰り返し
準備から撃つまでの号令はパート1と同じ
「4th place decided」10発撃って4位が確定した時
「Bronze medal decided」さらに5発(15発)撃って銅メダルが確定した時
「STOP…UNLOAD – THE RESULTS ARE FINAL」金銀が確定した時
とまあ、こんな具合です。相当に大きなルール変更になります。
特に、「これまでのポイントはゼロになります」ってのが何度も出てくるのが大きいですね。最初のころのファイナルは予選(本射)の得点にさらに積み重ねて順位決定するものだったところが、ルール変更で本射の点数はリセットされてファイナルだけで順位決める形に変わったという経緯がありますが、そこからさらにファイナル・パート1のポイントはメダルマッチには引き継がれない、3位決定までのポイントは1・2位決定には引き継がれないと、いちいち「全部リセット」が挟まれるという形になったわけです。
理由は――?
そりゃもう、「そこからTVで見る人でも分かるように」ってことでしょうね……。
次回は、海外射撃BBSにおいて、この新しいファイナルルールがどういう反応を示されたのかについて抜粋して紹介してみたいと思います。