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「なんかヘンな形の銃」って言われることが多い競技用ピストルですが、25mピストル競技で使われるセミオートの5連発ピストルなら、一般的な方々のピストル(拳銃・ハンドガン)のイメージにかなり近いんじゃないかと思います。オリンピック競技なので日本でも許可を取れば所持して撃つことができますが、撃てる場所がとにかく少ないこともあって、射撃やってない一般人はもちろん、ライフル射撃をやってる人ですら普通に目にすることはめったにないのが実情です。日本で撃てる一般の射場というと、千葉の小間子射場(50m射場と併設)と神奈川の伊勢原射場(10m/50mとは別の建物)と、あと他にありましたっけ? とにかくそのくらいレアな存在ではあります。
見た目が派手なのと「拳銃を撃ってる!」って実感を感じられるのとで、世界的に見れば数あるピストル射撃スポーツのなかでも比較的人気は高いほうだと言われています。所持が簡単なエアピストル(国によっては特別な手続きナシでも撃てます)の方が競技人口としては格段に多いのは当然ですが、人気がある種目、大会などでは花形っぽい立ち位置になる種目ということなら25mピストルのほうに軍配があがるのだとか。前述のとおり日本だとレアな存在のため「そんなの、あったの?」って言われることのほうが多いですけれど。
競技を紹介する際にネックになるのが、ルールの複雑さです。25mピストル競技のルールの複雑さはしばしばジョークのネタになるくらいです。「私は25mピストル競技が大好きです。○○年のオリンピックで25mピストルを観戦していた際、まるでルールがわからなくてポカンとしている私に丁寧に解説してくれた隣の女性の笑顔がとても魅力的だったからです。その女性は今の私の妻です」なんてのがあるくらいです。ってこれジョークじゃなくてノロケじゃないか!?
ルール解説してる様子が魅力的だって言って結婚してくれるようなひとが現実に存在するとは思えませんが、それでも25mピストルのルール解説をしてみたいと思います。といっても映像が配信されたのはファイナルだけで、その前の予選(本戦)はテキストだけでの実況でしたので、ぶっちゃけ最後のファイナルの説明以外は読み飛ばしちゃってもOKです。
1日目:本戦精密ステージ
「25mピストル精密/50mピストル」用の標的を使用。10点圏は50mm、黒丸(7点圏)の大きさは200mm。5発が1シリーズで、制限時間は5分。それを6回繰り返して合計30発分のスコアが「精密ステージ」の得点となる。2日目:本戦速射ステージ
「25mラピッドファイアピストル」用の標的を使用。10点圏は100mm、黒丸(5点圏)の大きさは500mm。中央左右に白いラインが入っているのが特徴で、そこにリアサイトを揃える(いわゆるセンター照準)をするのが特徴(下図に埋め込んだツイートの左上写真を参照)。
標的の上に赤と緑の2つのランプがある。赤ランプがついてるときには銃をおろした状態(レディポジション)にしておいて、緑ランプが点灯したら銃を上げて撃つ。緑ランプが点灯するのは3秒間だけなので、いわゆる3秒射に相当する。ランプは赤(銃はレディポジション)が7秒、緑(銃を上げて撃っていい)が3秒、これを交互に5回繰り替えして5発を撃つと1シリーズ。それを6シリーズ行ない、合計30発分のスコアが「速射ステージ」の得点となる。2日目午後:ファイナル
ターゲットや撃ち方は速射ステージと同じ。ただし、得点となる範囲内に当たれば1ポイント、そこに当たらなければ0ポイントとなる(ヒット・オア・ミス・スコア)。得点となる範囲は速射ステージでの10.2点に相当するエリア(下図参照)
1シリーズ(5発)を3回でファイナル第1ステージが終了。それ以降は1シリーズが終わるたびに最下位が脱落していく。同点の場合は差がつくまでシュートオフを行う。
3秒射で25m先にある直径8cmに当てろとか、ムチャな話にしか見えません。
例によって独自の方式でファイナルの点数推移をグラフ化したものです。「5発中3発が当たった」というのを基準のラインとして、そこから上回ると折れ線グラフが上向き、下回ると下向きになるという形です。単純に累計点数だけをグラフにすると全部の線が重なっちゃって順位変動がすごくわかりづらくなっちゃうんですね。
TVでは中継されませんでしたが、ネットではファイナルのみライブ配信がありました。この記事をUPした時点ではNHKの見逃し配信でまだ見ることができます。
NHK見逃し配信:射撃 ライフル 女子25mピストル決勝
見逃し配信はありませんがgorin.jpではNHKよりも高画質でライブ配信が行われていました。この記事内ではgorin.jpからのキャプチャ画像を何枚か使っています。その他にはGettyImagesから提供されている、無料で使えるブログ埋め込み画像を利用させてもらっています。
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ターゲットが5つ並びになっていますが、これは後日に行われる男子ラピッドファイアピストル競技のセットを流用しているからで、一人が撃つターゲットは一つだけです。ターゲットの下に番号が、一つおきになるように掲示してあります。自分の入った射座の番号のターゲットを撃つわけです(この写真は本戦なので番号ですが、ファイナルだとA~Hのアルファベットに変更されるはずです)。
配信動画では射場アナウンスが動画撮影用のマイクに繋げられていなかったようで、会場に反響する聞き取りづらいアナウンスしか音声として入ってないのが残念です。ただでさえルールが分かりづらい速射競技のファイナルだけに、動画を見て応援しようと思った方もどう応援していいかわからなくて戸惑ったんじゃないかと思います。
「LOAD(ロード)」
→弾薬をマガジンに装填します。5連発のピストルですので、5発入りの弾倉(マガジン)を2つ用意しておき(2つだけです。十数個とか机の上に並べるのはナシです)、あらかじめそのマガジンに弾を5発だけ入れておきます。なおファイナルではLOADの号令は第1シリーズの最初に1回だけです。LOADの号令がかかってから60秒間の猶予があります。2つのマガジンに弾を入れ終えた選手は、マガジンを机の上に置いたまま(マガジンの入っていない)銃を構えてターゲットを狙ったりします。APSで言うところの「サイティング練習」タイムとなるわけです。
「FIRST SERIES……READY(ファースト・シリーズ…..レディ)」
→銃にマガジンを入れます。次の号令(銃を下ろせの号令)まで15秒の猶予がありますが、その15秒でもほとんどの選手はサイティング練習をしています。なお最初のシリーズだからFIRSTシリーズですが、第2シリーズ以降は「ネクスト・シリーズ」となります。「ATTENTION(アテンション)」」 ※動画だと強く発音する「テン」のところしか聞こえないことが多いようです。
→標的のそばにある赤色のランプが点灯します。射手はレディーポジション(銃を下げた状態)を取らなければなりません。といっても「すみやかに下ろせ」とはルールブックに書かれてないこともあって、けっこうゆーーっくりと下ろす選手もいます。ATTENTIONがかかって赤ランプが点灯してから7秒後、標的のそばにある赤ランプが消え、緑ランプが点灯します。それが射撃開始の合図になります。選手は銃を上げて1発だけ撃ちます。
緑ランプは3秒後に消えて赤ランプが点灯します。そうしたら射手はレディーポジション(銃を下ろした状態)を取らなければなりません。このように赤ランプ7秒→緑ランプ3秒が5回繰り返されます。
「STOP(ストップ)」
赤→緑が5回繰り返されて、5発を撃ったら1シリーズが終了です。
ライブ配信では、このようにときどき射手の名前のテロップと同時にそのシリーズでのヒット数・ミス数が緑色&赤色で表示されていました。緑が当たり、赤が外れです。一番最初のシリーズでいきなり全弾ミスショットしてしまった様子を全世界中継されてしまったブルガリアのアントアネタ・コスタディノバですが、断じて彼女がヘタだというわけじゃありません。まだ点数がわからない最初のシリーズでとりあえず注目選手として画面に大写しになってるわけで、どちらかといったら金メダルの最有力候補だったわけです。実際にこのあと盛り返して熾烈なメダル争いを繰り広げ、最終的には「メダル獲得できるか、できないか」の瀬戸際で同点シュートオフを中国の選手と行い、残念ながらそれに破れて4位となっています。
ついでながら、射手と射手の間に立てられてる透明の板、アレは薬莢が隣に飛んでいかないようにするためのツイタテです。セミオートのピストルですから、射撃時には薬莢がけっこうな勢いで横に飛んでいきます。こんな世界戦とかじゃなければ、虫取り網みたいなのを薬莢が飛んでいくあたりに設置して薬莢もぜんぶ回収しちゃうんですが(そのほうが後片付けが楽ですし)、TV中継を意識して見栄え重視にするために透明板を使ってるんだと思います。
(写真じゃなく)動画で見ることで初めてわかることもあります。国によって(選手によって?)銃を振り上げるスピードがけっこう違うんですね。左は中国の蕭 嘉芮萱、右はドイツのドレーン・フェネカンプですが、同時にスタートしても中国選手はもう銃を標的に向けて狙い始めてるのに、ドイツ選手は銃を振り上げてる途中です。さらにここからゆっくりと減速して銃を止めるので標的を狙い始めるのはまだまだ後です。中国選手は「シュバッ」と銃を上げるのに対し、ドイツを始めとしたヨーロッパの選手は「ふわー、すーぅ」って感じでゆっくり上げてゆっくり止める、といった感じですね。ぜひ動画で確認してみてください。
このシーンなんかわかりやすいですね。中国選手だけ突出して振り上げスピードが速いのがわかります。
面白いのが、銃を振り上げるスピードには差があっても、撃発するタイミングはコンマ1~2秒の差がつくかつかないかってくらいに「ほぼ同時」なことです。「銃を上げはじめる」「止める」「視線をサイトに移す」「狙い始める」「トリガーを引き始める」といったそれぞれの動作にかける時間の配分をどうするか、そこのいわば射撃理論というか哲学めいたところに違いがあるということなのでしょう。
1シリーズで得られるポイントは0~5ポイントのうちのどれかですから、最高得点10.9の小数点ありの採点を積み重ねるエアピストルのファイナルに比べて同点になる可能性が高くなります。実際、今回の25mピストル女子ファイナルでは「エリミネーション(脱落者)を決めるための同点シュートオフ」が合計3回もありました。そのうちの1回めが第7シリーズです。台湾の呉 佳穎、中国の蕭 嘉芮萱、ブルガリアのアントアネタ・コスタディノワ、この3選手がまったくの同点となる23ポイントで並び、3人でのシュートオフとなりました。
これはシュートオフではなく第7シリーズを撃ってるところのキャプチャです。第6シリーズ終了時点で同点で並んでいた中国選手と台湾選手の2人、このどちらかが脱落かということで2人に注目したカメラワークになっているんだと思いますが、こうやって2人並びで写すことはできても、こうすると肝心のスコアを表示できない(一度に表示できるスコアは1人分だけ)になっているようで、「どちらかが脱落するという緊迫感あふれる状況なのに、どちらが脱落しそうなのかが(スコアが表示されないため)視聴者には全くわからない」という、かなり文句タラタラというかダメじゃんこれというかテストマッチでこれはアカンと誰一人気づかなかったのかと言いたくなる仕様になっています。
シュートオフでも、なんか5人のうち3人しか撃ってないけれどこれは何をやってるの状態でした。いちおう英語でなにか言ってるんですが音が反響してよくわからない……。後でolympics.comのリザルトページを見て「ああ、3人同点でシュートオフやってたのかアレ」ってわかったという有様です。
ただ、そんな説明不十分な中継でも、文句なしに衆目を集める要素というのはあります。
第7シリーズの3人シュートオフで生き残った中国とブルガリアですが、シュートオフは得点には加算されませんので同点のままなのは変わりません。4位が決まる(つまりメダルリストになれるかなれないかの運命が分かれる)第8シリーズは、なんと2人とも5ポイント(満射)となりました。動画は中国の蕭 嘉芮萱しか写してませんが(2人同時にスコアを写すことができないためでしょう)、写ってないところでブルガリアのアントアネタ・コスタディノワも満射してまして、もう一度、こんどはこの2人だけでのシュートオフが行われます。
このシュートオフを制してメダルを確定させたのは中国の蕭 嘉芮萱でしたが、同点シュートオフを2連続というのは流石に精神的に厳しかったのか、第9シリーズでは大きくスコアを落として(1ポイント)3位が確定。その一方で1位と2位の争いは超僅差のハイスコアでグラフを駆け上がっていきます。
そこまで5・4・4・4とすごい命中率で韓国のキム・ミンジョンと同点トップ争いを維持していたロシアのビタリナ・バツァラシュキナ。先日の10mエアピストル決勝では「まだ撃ってないのにSTOPコールがかかる」というアナウンスのミスにより1人だけ撃ち直しという精神力削られる出来事があった後、怒涛の追い上げで大逆転し金メダルを獲得した選手です。第9シリーズで3ポイントを撃って韓国のキム・ミンジョンに抜かれて2位になりますが、最終シリーズとなる第10シリーズが5ポイント満射、再び同点1位に並びます。
金メダルはどちらになるかを決めるシュートオフが行われ、それを制したのがロシアのビタリナ・バツァラシュキナです。10mピストルに続き2枚目の金メダル獲得、しかも10mピストル混合でも銀メダル取ってますから「1大会で3枚のメダルを獲得した射撃選手」というオリンピック史上でもなかなか類を見ない記録を打ち立てました。この先、何年ものあいだ、「TOKYO2020でのロシアの女子ピストル選手はすごかった。なんでも、とあるPCゲームの大ファンで、身につけてたペンダントとかそのゲームのアイテムらしいぜ」みたいに語り継がれる存在になることでしょう。
さて、いつもでしたらこの後にファイナル出場者の使用銃コーナーに入るところですが、25mピストルについてはソレやる意味があんまりありません。「全員、パルディーニです」で終わりになっちゃいますから。ほとんどワンメイクレースの様相を呈していましたね。他にもスポーツピストル作ってるメーカーはあるにはあるんですが、このパルディーニ一強の情勢は当分はゆるぎそうもありません。