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昨日の男子エアピストルに続き、今日は女子エアピストルのファイナルを解説していきたいと思います。男の方は、年齢が一番下が19才、一番上が41才(しかも金メダル)と幅広い年齢層でした。女子APはそれほどではないですが、一番下は21才、上は36才と他競技ではなかなか見れない幅広さであることは確かです。競技の特性から、それほど筋骨隆々でなくても大丈夫なので、体型にもバリエーションが豊富ですね。
本戦(ファイナルに先立って撃つ60発。この上位8名がファイナル進出になります)の得点を比べると、男子APはファイナル進出ラインが578-21x、本戦トップは586-28xなのに対し、女子APはファイナル進出ライン577-15x、本戦トップが587-23xと、ほとんど変わりません。ルールは全く同じです。撃つ弾の数や制限時間、標的までの距離、標的の大きさ、使う銃に関する規定もすべて同じです。ここまでくると、男女で「別の競技」として分ける必要がどれだけあるんだろうと、ちょっと疑問に思えてきます。
ピストル射撃競技に限り男女の区別をなくす、それも後日に行われた混合(Mixed)競技みたいに男女1人ずつがペアになって撃つようなものじゃなく、そもそもエントリー・順位付け・表彰に至るまでいっさい男女の区別をしないというやりかたにするというのは、それなりに考慮してもいい選択肢の一つになるんじゃないかと思います。夏季オリンピックは競技数の多さから飽和状態となっていることから、新しいスポーツを正式競技にするためには既存の競技を削除するか、それが難しいなら種目数を減らすようにという強い圧力がかけられています。それに加えて、「男女の種目数を同じにしなければならない」という新ルールも課せられています。10mエアピストルを男女の区別なしの競技にすれば射撃の競技種目の枠が一つ余ります。そこに、今回のTOKYO2020で削減されてしまった50mピストルを、同じく男女区別なしの競技として復活させるというのはどうでしょう! ……ほとんど夢物語ではありますが。
男子APに比べるとグラフが描かれてる範囲が下の方になってるように感じるかもしれませんが、実際には男子APでは一人だけ飛び抜けて上の方にいた人がいただけで、2~8位と比べるとあまり変わらないのがわかります。通常、オリンピックでの10mAPファイナルというと、概ね「10.2平均を撃ててれば勝てる」というのが目安になりますが、今回の女子APもほぼその範囲に入っていますね。
ファイナルの動画は、NHKの見逃し配信で見ることができます。なぜか日程表から競技名を選んで出てくるリンクをクリックしても再生される動画は男子エアライフルの決勝になるのですが(完全にリンクミスしちゃってますね)、動画一覧から探すとちゃんと掲載されていることがわかります。下記はそのリンクです。
射撃 ライフル 女子エアピストル決勝(NHK見逃し配信)
※このエントリーでは、上記のNHK見逃し配信からのキャプチャの他、gorin.jpでのライブ中継映像からのキャプチャを何枚か使用しています。
全体的に見て、順位が目まぐるしく変動する抜きつ抜かれつのデットヒートで、脱落が発生する第2ステージ以降になっても「誰が脱落するか」が終わってみないとわからないくらいの大接戦となっています。その中から注目の選手を一人挙げるとするなら、ロシアのビタリナ・バツァラシュキナでしょう(今回はロシアは国としての参加が認められていないためロシアオリンピック委員会・ROCからの個人参加という形になっています)。グラフでは紺色で描いています。
「終始、安定した高スコアを撃ち続けた」とか書きたいところですが決してそんなことはなく、上がったり下がったりの乱高下スコアです。ファイナルというのはただでさえ普通の精神状態じゃ撃てない特殊な環境な上に、これは全世界に中継されているオリンピックのファイナルなわけですから、世界を代表する超一流の射手でも8点台を撃ってしまうことが珍しくない、そういう場なのだということを改めて思い知らされます。
第1ステージ(脱落形式になる前に、まず10発撃って基本となる点数を作るもの)では文句なしのハイスコアを撃っています。9点台を撃ったのは3発だけ、それもすべて深いところに入っているので合計点は相当に高いところにあり、トップで第2ステージに突入します。
しかし、第2ステージの2発目から突如として大きく崩れます。9点台の浅いところや8点台が出て、第1ステージでの貯金はあっという間に使い果たしてしまい、第2ステージの4発目では一気に3位まで後退、4位にも差を詰められメダル危うしな状況になります。
さらに追い打ちがかかります。第2ステージの8発目を撃ったところ(NHK見逃し配信でいうと28:00)で、突然競技が止まります。カメラは4位争いをしていたウクライナのオレナ・コステビッチと中国の姜冉馨を写していますが、二人とも「あれ?」という感じでモニターを覗き込んだり、周囲を見渡したりしています。TV画面が待機席や審判席へと移り変わり、そしてビタリナ・バツァラシュキナを大写しにします。
審判席でなにやら話し合ってる様子が写ったあと、「射座Hだけ8発目を撃て」というアナウンスがかかります。何が起こったのかはよくわかりません(あとで報道を見ても一言もこのことには触れてませんね……)。標的トラブルで、撃ったのに点数が表示されなかった? まだ撃ってないのに射場長が間違えてストップコールをしてしまった? 射場長がストップコールをしていないのにアナウンサーが先走って大声でアナウンスを始めてしまった? 少なくても、「なにか」が起こり、一人だけ第2ステージの8発目を撃たなければならないという状況になってしまったわけです。
およそ人生において「これだけはカンベンしてほしい」状況をランク付けするとしたら確実にトップ10には入るんじゃないかと思えるほどに、想像するだけで胃がキリキリと傷んでくるような一発を打たされたビタリナ・バツァラシュキナ。会心のショットとは行きませんでしたが「かろうじてギリギリで及第点」といえる9.5に踏みとどまり、脱落を逃れます。
「一人だけ撃ち直し」の精神的ダメージが小さかったはずはありませんが、その後も「かろうじて優勝争いに残れるギリギリのライン」に踏みとどまります。10.2、9.8、9.6。これが9.3以下とか8点台とか撃っちゃうともう絶望が目の前に迫ってくるのですが。その一方で、2位争いをしていた中国の姜冉馨が9.1、9.3を撃って11発目で0.2点差、12発目ではミスショットで大きくスコアを落として3位(銅メダル)が確定してしまいます。ビタリナ・バツァラシュキナが「運命の8発目」を撃った時には2点以上の差をつけて圧倒的1位につけていたブルガリアのアントアネタ・コスタディノバも、11発目で9.1を撃ったことでビタリナ・バツァラシュキナとの差が1.6点まで縮まります。
「3発で1.6をひっくり返せるか?」というと、なかなかに難しいと思います。「ものすごく上手く撃てた」として期待できるのはせいぜい10.5が3連発(10.9が3連発を土壇場で期待するのは夢を見すぎでしょう)。それを実現できたとしても、相手がミスをしない、つまり10.0平均であれば縮まるのは1.5点だけです。「こちらが絶好調でも、相手がなにかミスをしないと勝てない」という状況なわけです。
そんな状況で、10.5、10.5、10.4と実現可能な範囲でほぼ最高といえる3発を撃ったビタリナ・バツァラシュキナ。アントアネタ・コスタディノバもやはりここまでくるからには只者じゃなく、9.8、10.1と「決してミスショットではない十分な結果」を撃って踏みとどまりますが、最後の最後で9.0を撃ってしまいます。
大逆転です。それも、「なんかよくわからないトラブルで一人だけ撃ち直し」なんて精神力削られるイベントがあったにも関わらず、最後の最後まで最高の結果を出し続けてもぎ取った文句なしの金メダルです。TOKYO2020のピストル競技におけるハイライトといったら、まず確実にこの金メダルが出てくるんじゃないでしょうか。
さて、ここからはファイナルに残った8名の使用銃について見ていきます。あまり銃が大写しになるシーンがない(選手の顔のほうが多いのはやっぱり女性だからでしょうか)ので、どうにも判別がつかないものもいくつかあります。情報をお持ちの方いらっしゃいましたらツッコミよろしくです。
というわけで、内訳はステイヤー5、モリーニ2、バウ1という結果になりました(ご指摘を受けて訂正)。鮮明な画像がないため確実なことは言えませんが、ほぼすべてが電子トリガーじゃないかと思います。男が使う銃と違って、銃が綺麗に可愛く仕上げられてるものが多いように見えます。トップ選手のためにメーカーが作ったスペシャルカラーだったりするのかも?