トップシューターが解説する「リアサイトとフロントサイトの関係」

Army Reserve Specialist 4 Donald C. Nygord from La Crescenta, California, adjusts his grip during practice for the sport pistol competition at the 1984 Summer Olympics.

Don Nygordという射手がいました。1936年生まれ、2004年に68歳で亡くなっています。アメリカ選手として2回のオリンピックに出場しています。オリンピックのメダルこそ持っていませんが国際大会では数多くのメダルを獲得、フリーピストル(50mピストル)での世界記録574点は10年以上も更新されず、またアメリカ国内に限れば「40を超える国内レコードを保持していた」とあります。

ISSFによる射手紹介ページ

彼は射撃技術について、インターネット黎明期から数多くのテキストを公開してくれていました。世界中の射手が「Nygord’s Notes」を参考にしています。没後もページは残されており、今でも見ることができます。古いインターネットページなので、ページデザインもインターネット黎明期のお約束に則ったものとなっており、今となっては少し読みづらく感じるかもしれません(テキストがウォールtoウォールになってるとか、画像がすごく小さいとか)。

Nygord’s Notes – Shooting Tips From Don Nygord

日々進化する射撃スポーツの世界ですから、今となっては「古い」記述もあることは確かです。ルール変更により今では実行することができないTipsもあるかもしれません。ただ、多くの射手がそれを参考にしているということは、新たな技術もそれをベースにして積み重なっていくものですから、基礎となる知識を知っておくことは無駄ではないはずです。実際、スポーツ射撃関連の掲示板を読んでいると「Nygord’s Noteにはこう書いてあるんですが、これはこういう解釈で正しいんでしょうか?」みたいな質問がけっこう頻繁に投稿されています。Nygord’s Noteを読んでることは大前提で、その上で現代射撃に通用させるためには何をしたらよいのか、というアプローチになってるわけです。

なにより、今でも通じる普遍的な内容もあります。むしろ分量的にはそちらの方が遥かに多いくらいです。今回はピストル射撃に関係するありとあらゆる技術の中でも最も基本的かつ重要なものの一つ、「サイト(照準器)の種類や使い方」についての章を紹介してみたいと思います。

「サイト(照準器)とは何かについて」

What about sights?


    この章ではみなさんが一生懸命に見ようとしているもの、つまりサイト(照準器)そのものについてお話します。

    国際的な射撃規則で要求される最も一般的なタイプの「アイアン」サイトは、「パートリッジ」タイプです。リアサイトは正方形のノッチ(溝)で、フロントサイトは正方形のポストになっているタイプのものです。他には、「Uノッチ」と呼ばれるタイプのサイトもあります。これはヨーロッパのトップシューターの何人かによって使用されています。 「Uノッチ」の特徴は、フロントサイトの高さはあっている状態でウィンデージエラー(左右のズレ)を発生させたときに、エラー側の隙間から見える明るいバーが、パートリッジサイトのように幅の変化だけでなく、高さの変化として表示されるという点です。私はフリーピストルを撃つ時には、このタイプのリアノッチを数年間使用していました。全国記録574点を撃った時もこのサイトでした。


    リアサイトがUノッチだと、フロントサイトが左右にズレたときに前後サイトの隙間が「幅」だけでなく「高さ」も変化するという特徴がある。画像引用元:Nygold’s Note

    数年前に、フロントサイトとリアノッチの最適な幅を調べようと、いくつかの実験を行いました。結論が導かれたプロセスは省きますが、25ヤード射撃には3/16インチ(4.75mm)幅のフロントポストが、50ヤード射撃には1/10インチ(2.54mm)が最適であるという結果でした。

    これにより、アメリカ製ピストルの多く(High Standard、S&W 41、Ruger、Bomarなど)が1/8インチ(3.18mm)のフロントポストを採用しているのは、優れた妥協案といえることがわかりました。しかし、射手と装備が良くなり、重要な試合に勝つためにより高いレベルのパフォーマンスが要求されるにつれて、前後サイトのデザインは新しい形になり、再検討の必要がでてきました。実際にそれらを競技で使用してみると、10mでのエアガン射撃ならば4.5mm(.177インチ)、50mピストル(フリーピストル)射撃では5mmのフロントポストが、ほとんどの射手にとって最適であることがわかりました。

    これらのサイトは、現時点で製造されているほとんどの競技用ピストルにデフォルトで付いているものです。しかし、すべてのメーカーはオプションとして他の幅を提供しています。射撃歴が長いシューターはさらに幅の広いフロントサイトを好みます(例えばエアピストルでは5mm)。こういった幅広のサイトはときおり、「オールドシューターズ・サイト」と呼ばれます。これには理由があります。目が老化するにつれて、網膜の桿体と錐体の効率が低下し、フロントサイトとリアサイトの境界を識別することがより困難になります。幅の広いサイトはこれらの受容体細胞のより多くを「発射」し、脳により多くの情報を与えます。これらの受容体細胞の多くは、脳により多くの情報を提供してくれるのです。

    次の問題は、フロントサイトとリアノッチの比率です。これは多くの場合、リアノッチの中央にあるときのフロントサイトの両側のライトバーの幅をサイトポスト自体の幅と比較することによって定義されます。最も一般的な比率は、「1:2:1」(figure 2を参照)と「1:1:1」(figure 3を参照)です。 私は「1:2:1」が好みです(自分に最適だと思います)が、皆さんはそれぞれ自分に最適なものを見つけてください。


    フロントサイトの幅とリアノッチの幅の比率について、「1:1:1」とか「1:2:1」というフレーズが出てきたときには、この図を思い出せばOK。画像引用元:Nygold’s Note

    幸いなことに、競技銃のリアサイトの多くは、かなり広い範囲にわたってほぼ無段階にノッチ幅を調整できるようになっているので、自分にとっての最適幅を見つけ出すのは比較的簡単です。ただ一点、注意しなければならないことがあります。ノッチ幅を狭くしすぎて、ライトバー(前後サイトの隙間)が狭すぎる状態になってしまうのは、おそらく賢明ではありません。非常に狭いライトバーによって発射される受容体細胞の数が少なくなりすぎるため、信頼できる情報を提供できなくなり、脳は左右のライトバーの幅を正確に区別しづらくなってしまうのです。


APS-3 LEモデルの最新型であるLE2020が発売になりました。これまでにない最新機能というのが、まさにこの記事にて書かれている「リアサイトに、ノッチ幅を調整できる機能が付いた」ことになります。これまでにもユーザーが独自設計した可変ノッチ式リアサイトや、リアサイトブレードを交換してノッチ幅を変更できるようにするパーツは存在していて、中にはDMMクリエイターズマーケットから3Dプリントで購入できたりするものもあったようです。有用性については以前から理解されていて、このたびついに公式がその要望に応えた、みたいな形になるのでしょうか。

ノッチ幅の調整機能はなんのためにあるのか? 「ライトバーの幅(フロントサイトとリアサイトの隙間の幅)」を微調整するためのもの、と短絡的に考えてしまいそうになりますが、この記事を読むとそれは間違ってはいないものの、厳密にいうと正しいとは言いづらいものだということがわかります。まず第一に、「自分に最適なフロントサイトの幅」というものがあり、その上でその次に「最適なライトバーの幅」にするためにノッチ幅を調整する、という順番になるわけです。

ノッチ幅の調整機能は、自分に最適な幅のフロントサイトを使うために、変化したフロントサイト幅にリアサイトのノッチ幅も合わせるためのものなんですね。

※APSカップの場合、両手持ちを強制されるシルエット・プローンがあります。片手持ちと両手持ちだと眼とサイトとの距離が変わり、見かけ上のリアノッチ幅:フロントサイト幅が変わってしまいます。リアサイトの可変ノッチ機構はそれに対応するためのものとしてのニーズもあるんじゃないかと思います。


これまで書いた射撃入門記事や、受講した射撃講習会・メンタルトレーニング講座で得た知識などをまとめて、「ピストル射撃入門」としてKDP(Amazonの電子書籍)として販売しています。

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池上ヒロシ

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